2018 『ギッちょん』山下澄人(文春文庫) 感想

収録作
『ギッちょん』(初出「文學界」2012年6月号、12年度上半期芥川賞候補作)
『水の音しかしない』(初出「文學界」2011年12月号)
『トゥンブクトゥ』(初出「文學界」2012年12月号)
コルバトントリ』(初出「文學界」2013年10月号、13年度下半期芥川賞候補作)

 硬い文体や、装飾過多な文体、あるいは飾らない文体など、作家の個性によってあまたあるそれらの中において、山下澄人の場合、初めて読んだ時にはどうにも拙いという印象を抱いてしまう文体なのだが、これが巧妙に不安や不穏を感じさせるものとなっており、戦略的に選び取った文体なのだと気づく。この点だけでもただ者ではないとわかるはずだ。
 それから山下澄人の小説は物語性は重要ではないのであらすじなど書くのは無意味だし、いや、正直に言うとどういう話だったか、読み手が混乱するように書かれているので、わからなくてもよいと思う。実際、私も途中からどんな話だったかと考えるのはやめた。物語性の否定は、何も今に始まったことでなく、現代の純文学(純文学というカテゴリーがまだ生きていると仮定して)では、主に日常を細やかに書いていく小説群の中で物語性などとっくに捨てられているものだからこの点に限ってはそれほど珍しくはないのだが、山下澄人の場合、否定などといった生易しいものではない。物語性、ストーリー性はズタズタに解体されている。

『ギッちょん』
 この短篇では節の記号として置かれる数字が主人公の年齢、そして叙述の順を表す機能を持っている。たとえばこんな具合だ、「32.34.30.34.07.35」、つまり32歳の頃、34歳の頃、30歳の頃、34歳の頃、7歳の頃、35歳の頃、を書いているという風に示されていて、しかも年齢が変わる時に空白一行開けといったわかりやすいサインは一切ない。しかしながら、むしろ、本作は読み手に優しい方だ。時間を何の躊躇もなく次々とめまぐるしく変えていく独特のスタイルは継承されていくのだが、本作以降、このような親切な時の移り変わりのヒントを与えてくれなくなるからだ。それで、この節が年齢を示すということは読んでいればそのうち誰でも気づくのだが、それに安心して気を抜いているとあっという間に、時空の歪みに引きずり込まれて、〈わたし〉の存在が曖昧で混沌としたカオスな世界に気づいたらハマっていたとなりかねない。また〈わたし〉の存在がどうのこうのという問題のみならず、〈わたし〉が分裂していく感もある。
 こんな風に書いていくと幻想的、などという形容を押し付けたくなるが、そんな古臭い定義なんて不似合いだ。有機的な繋がりがいつしか断ち切られたかのように、リアリズムの埒外に読み手は放り出される。しかしか細い糸が健気に小説全体をこっそり繋いでいたことが、最後まで読めばわかるはずだ。この繋がりが何とか読み取れるということも、まだ読み手に気を使ってくれていると言える。
 しかしながら、ここに書かれているものは何なのか、とか、神出鬼没の〈ギッちょん〉や、〈わたし〉は何者なのか、とか、そんなことを考えるのも野暮に思えるような、小説として成立するギリギリのライン上でふらふら揺れている世界に、山下澄人は読み手を誘い込んで、目眩を起こさせる。山下澄人の特徴と、まだ読みやすさを持っている『ギッちょん』を先頭に配したのはうまいと思ったものだ。
 
『水の音しかしない』
 これも自分の存在が揺らぐ話として読んでよいだろう。とある日のある時間、今までいた人達が忽然と姿を消されてしまった世界に主人公が迷い込む。アイデンティティの喪失というか、自分が自分であることを保証する外的事象、自分が自分であると信じられる要素が、いかに自分の外の情報によって支えられているか、そしてそういった馴染みある普段の人付き合いやなんやかんやの外的事象が全て奪われた時に果たして自分は自分であるとどう証明するか、どう信じればよいのか、といった居心地の悪さが書かれていく。不穏より不安が煽られる。
 しかしながら、途中で3・11の大震災と津波がこのような事態をもたらしたのだと示された瞬間、ちょっとがっかりした。これは安直ではないか。いなくなった人々、昔とは変わった風景、どこかおかしい世界は、わかりやすさを含んだ非現実的な世界、大量の人間の喪失(死)を体験した世界という文脈にどうしても回収されてしまう。こんなことは他の作家でも、というか誰でも書けるので、わざわざ山下澄人が書く必要はなかった。山下澄人の場合、大震災や戦災などといったリアルな現象などに頼らなくてもぶっ飛んだ不可思議な世界を構築できるからだ。もちろん山下澄人らしい錯綜具合が展開されているので、読み手をじゅうぶん困らせてはくれる。質は良いからこそ、安易に流行りに乗ったように3・11を核心に置いたのが少々残念だった。
 
『トゥンブクトゥ』
 山下澄人の本領発揮といった様相を呈す。
 二部構成で、第一部では、とある電車の中の数人の乗客の、それぞれに抱える生活を垣間見るところから本作は始まっていく。都合、一人称の〈わたし〉が三人、内訳は突然蒸発したいと思い立つ〈わたし〉、水族館に勤務する〈わたし〉、会社のごたごたと布団屋ごときに罵倒される女の〈わたし〉、そして三人称で書かれる老人一人、そこからどんどん登場人物が増えていく。
 複雑な叙述のありようは、ブレーキを踏むことなく振り切っているメーターも気にしないでどんどん錯綜していく。その中で三人の〈わたし〉は分裂というより、個人として個性を持ち、独立していた存在だった〈わたし〉達が、急に重なり合うというか同一化していき、独立性がなくなってしまう。個性が消えるのだ。それは三人称で書かれる場面でも同じで、増えていく登場人物達も最初は独立した個人だったのに、境界線が崩れて、その人をその人だ、と保証することができなくなる。ここでも存在の是非がキーとなっているのだが、〈わたし〉が複数に分裂していくのならまだしも(星野智幸の『目覚めよと人魚は歌う(三島賞受賞作)』に、分裂していく個人といった現象があったような覚えがある、『俺俺』(大江賞受賞作)もそんな感じだったから分裂していくなら前例はある)、各個人として独立性を保っていた〈わたし〉達が、一つの〈わたし〉に詰め込まれていくありようは衝撃的なのだ。何なのだ、この小説はとびっくりしてしまう。
 
 第二部では、第一部の歪んだ現実世界から明確に、現実世界ではない、異空間のような海辺に登場人物達は飛ばされている。
 そこでは第一部で起こった出来事が歪んだ状態そのままで引き継ぎがなされ、どの〈わたし〉なのか最低限の区別はできるように書かれているが、一人称の〈わたし〉だったり、と思ったら三人称多元視点になったりと、人称や視点がぐるぐる変わるので、何が何だかもはや説明できない。一応の解釈として、第二部はその乗客達などの登場人物が同じ夢を見ていたか、第一部に脇役として出てくる寝ている老人(三人称で書かれた老人とは別)の夢の中を書いたとも解せないこともないが、その夢らしき不穏で不安感に満ちた危うい世界を創り上げている文章のスタイル、人称や視点の頻繁な変化を、これは夢の中だから、といって扱いに困るから無視するようではあまりにもったいない。
 ここで名前を出したいのは〈移人称〉という用語。提唱者の渡部直己がセクハラの件であんなことになってしまったので、〈移人称〉なる用語もだいぶ株を落としたかもしれないが、どうしても山下澄人は〈移人称〉といった新しいスタイルを貪欲に取り入れて、現役作家で一番使いこなしている作家と言えるから、この大きな特徴は見逃せない。
 視点や、視点人物、人称を変えることはつまり、作中の何者かの目を借りて見る視界のみならず、作中にある物事への認識の仕方までも変化させる行為だ。たくさんの一人称の〈わたし〉と三人称多元視点の頻繁な切り替えがこの小説を厄介な代物にしているのだが、その厄介さは小説の中のカメラの限界を、文字でできることを尽くして突破しようと試みていることに他ならない。
 一人称の主観的な認識と主観的だが狭い視界、三人称の客観的な認識と客観的だからできる広い視界が入り乱れることと、その相互作用によって今までの古い小説どもとは違った小説内の世界のありようを提示することに果敢に挑んでいることがわかる。
 そうして、ここまで視界や認識を揺さぶられると当然のことだが読み手はウォッカをまるまる一本がぶ飲みしたように酩酊してしまうのだが、この強い酔いを伴うわけのわからない読後感は奇妙に心地よい、少なくとも私はそう感じた。
 
コルバトントリ
 一人称の〈ぼく〉のまま、人称は動かさずに視点人物がおばさんになったり、金田や三浦といった少年になったり、父や母となったり、視点が自由自在に動き回る。また〈ぼく〉が直接体験していない過去に平然と飛んでしまったりするので、語りの時間が入り乱れて、ひどく錯綜する。
 徐々に〈ぼく〉とされていた男の子や、その他の多数の登場人物を見る視点が歪んでいくと言えばよいのだろうか、〈ぼく〉が〈ぼく〉でなくなっていくし、登場人物達もおのおのの存在のあり方が変わってしまう。整合性は破棄されていると言ってよい。
 一人称だから〈ぼく〉が知っていることだけ書かれているのかというと、〈ぼく〉はそのことを知らないことを知っている、という極めて難解な言い回しと歪んだ認識が書かれだす。
 ここにおいて、従来の小説のルールだとか、約束事はズタズタに破壊されている。しかしそれらはそもそも守る価値や義務があったかと疑ったことはあるだろうか? 私は最近とみに増えてきたこの手の小説を読むまで疑いもせず、むしろ無根拠に従来型の小説のルールや約束事を破らないよう、間抜けにも気をつけていたくらいなのだ。こんなものは無価値だし邪魔なだけだ、と本作を読めば気づく。本作においては〈移人称〉という用語ですらカバーできないスタイルが採用されている。従来型の小説の用語を使うと、多視点小説ということになるかと思われる。しかしことはそう簡単ではないし、今までにないスタイルが提示されているので、〈移人称〉なる用語がある一定の認知度を得ているならば、私はこの、一人称でありながら、そして〈ぼく〉の語りを固定したまま、視点人物が移り変わっていく本作に対し、〈移視点〉なる造語を提唱してみたい誘惑に駆られた。
 
 ここまでごちゃごちゃ書いてきて、この初期作品集を読んで考えたり思ったことのまとめを書くのがひどくしんどいのだが、山下澄人の革新的な魅力は、何も徹底的に破壊した時間軸、リニアに進むはずの時間の流れをぐちゃぐちゃにしたといった点や、わたしがわたしであることの不確かさといった存在のありようへの疑問といった問題を突きつける作風だけにあるのではない。
 人称や視点の大胆で型破りな移動、それに伴う破調、破格のスタイルを持つ前衛的な叙法を貪欲に取り入れ、かつまた新しく創り出してしまう作家群の、先陣を切っていることが何よりも刺激的で何よりも魅力的なのだ。そういった山下澄人の魅力は、この初期短編集だけでも十二分に味わえる。

2018 予想 ジャック・ル・マロワ賞(仏GI)+過去10年前走データ分析(発走08/12 午後11:20)

 歴史あるフランスのマイルGI、ジャック・ル・マロワ賞(Prix Jacques le Marois) を予想する。
 日本馬のジェニアルは直前に回避となって残念だが、ジェニアルの挑戦があったからこそ、フランス最高峰のマイルGIが日本で買える。コースはドーヴィル競馬場で芝1600mの一直線。正直言って、どう買えばよいかわからなかったので、ジャックルマロワ賞過去10年において馬券に絡んだ30頭の前走および戦績のデータを頑張って洗い出した。そのデータを以下に掲載する。


ジャックルマロワ賞 過去10年前走データ分析

1-1前走クラス別頭数
1-2前走GI組 ステップレース別データ


2-1 前走GI組データ分析
1着、2着、3着、4~5着、6着以下
2-2 前走GII組データ分析
2-3 前走GIII組データ分析


3 過去10年30頭の前走データ分析まとめ

 



■1-1前走クラス別頭数
・前走GI組 24頭
・前走GII組 2頭
・前走GIII組 4頭
 前走クラス別成績では、前走GI組が圧倒過去10年30頭のうち、実に24頭がGI組。前走GI組が中心で、特にGI勝ち馬は強い。毎年、必ず、前走GI勝ち馬が馬券に絡んでいる。
 軸にしろ、相手、ヒモにしろ、まずは前走GI組から、という傾向である。

 

■1-2前走GI組 ステップレース別データ
ロートシルト賞(GI)組 6頭
クイーンアンステークス(GI)組 4頭
ジャンプラ賞(GI)組 3頭
サセックスステークス(GI)組 3頭
モーリスドギース賞(GI)組 2頭 モーリスドゲスト賞とも呼称されるが、ここではギースで統一
その他のGI 6頭(イスパーン賞仏2000ギニーエクリプスステークスコロネーションステークスセントジェームズパレスステークス、プリンスオブウェールズ


 最多ステップのロートシルト賞は、ジャックルマロワ賞と同じ舞台であるドーヴィル競馬場直線1600mの牝馬限定GI。2番手のクイーンアンステークスは英国アスコット競馬場の8ハロン(約1600m)で施行される古馬GI。
 他、ジャンプラ賞ドーヴィル競馬場直線1600mで施行される3歳限定GI、サセックスステークスは英国グッドウッド競馬場で施行される3歳以上のマイルGI。モーリスドギース賞ドーヴィル競馬場直線1300mの3歳以上のGI。

 同舞台(ドーヴィル競馬場芝直線1600m)で施行されるGIレース組が、当たり前と言えば当たり前だが相性がよい。あとはイギリスのマイルGI組が意外と相性が良い。

 


■2-1前走GI組データ分析
□前走GI、1着 11頭。
 馬券内に絡んだ11頭の前走GI勝ち馬のうち、レース名と回数は以下の通り。
 ジャンプラ賞(GI)1着馬は3回。ロートシルト賞(GI)1着馬も3回。
 他、1回ずつ。サセックスステークス(GI)勝ち馬、モーリスドギース賞(GI)勝ち馬、コロネーションステークス(GI)勝ち馬。

☆前走GI勝ち馬については文句なしといった様相を呈す。過去10年において、前走GI勝ち馬が毎年必ず1頭は絡んでいる。前走GI勝ち馬を馬券から切るのはかなり勇気がいる行為になる。

 

□前走GI、2着 4頭。
・前走GI 2着組
15年1着エソテリック(牝5)モーリスドギース賞(GI)2着 2走前クイーンアンステークス(GI)2着、過去にGI勝ち鞍あり。
12年1着エクセレブレーション(牡5)クイーンアンステークス(GI)2着 2走前ロッキンジステークス(GI)2着、過去にGI勝ち鞍あり。
11年3着サプレザ(牝6)ロートシルト賞(GI)2着 2走前ファルマスステークス(GI)2着、過去にGI勝ち鞍あり。
10年3着パコボーイ(牡5)クイーンアンステークス(GI)2着 2走前ロッキンジステークス(GI)1着、過去にGI勝ち鞍あり。

☆前走GIで2着するだけあってレベルは高く、全頭とも2走前にGIで連対、過去にGI勝ち鞍がある。

 

□前走GI、3着 4頭。
16年1着リブチェスター(牡3)サセックスステークス(GI)3着 2走前ジャージーステークス(GIII)1着、過去にGII勝ち鞍あり。
14年2着アノダン(牡4)クイーンアンステークス(GI)3着 2走前イスパーン賞(GI)2着、過去にGIII勝ち鞍あり。
08年2着ナタゴラ(牝3)ロートシルト賞(GI)3着 2走前ジョッケクルブ賞仏ダービー、GI)3着、過去に英1000ギニー(GI)勝ち鞍あり
08年3着メジャーカドー(牡4)サセックスステークス(GI)3着 2走前Bet365マイル(GII)1着、過去にGII勝ち鞍あり。

☆前走GIで3着だった馬はちょっとレベルが落ちるか。2走前は重賞(GIII以上)で3着以内に好走しており、また過去に重賞(GIII以上)の勝ち鞍があること。この二つの条件をクリアしていることが望ましい。

 

◇ここまで前走GI、3着以内馬を見たが、前走の好走のみではなく、2走前あるいはさらに過去に重賞勝利の実績があったという共通項が見いだせる。
 このことはつまり、今まで非重賞レースを走り、前走で初めてGIに挑戦し、惜しくも2,3着という馬がいたとして、その馬には過去に重賞を勝った実績がないわけであり、そういった、いわゆる上がり馬というか、実績不足の前走GI好走馬はデータから見ると、厳しいと言わざるをえない。換言すれば、例え前走で大敗していても、実績があるなら拾えるレース、という傾向が浮かび上がってくる。


□前走GI、4着~5着(掲示板内組) 3頭。
16年3着エルヴェディヤ(牝4)クイーンアンステークス(GI)5着 2走前ミュゲ賞(GII)2着、過去にGI勝ち鞍あり。
14年3着オリンピックグローリー(牡4)イスパーン賞(GI)4着 2走前ロッキンジステークス(GI)1着、過去にGI勝ち鞍あり。
12年2着シティスケープ(牡6)エクリプスステークス(GI)4着 2走前チャンピオンズマイル(GI)10着、過去にGI勝ち鞍あり。

 

□前走GI、6着以下(掲示板外組) 3頭。
13年2着オリンピックグローリー(牡3)仏2000ギニー(GI)11着 2走前グリーナムステークス(GIII)1着、過去にGI勝ち鞍あり。
10年1着マクフィ(牡3)セントジェームズパレスステークス(GI)7着 2走前英2000ギニー(GI)1着、過去にGI勝ち鞍あり。
09年3着バーチャル(牡4)プリンスオブウェールズ(GI)6着 2走前ロッキンジステークス(GI)1着、過去にGI勝ち鞍あり。

☆前走GIでも4,5着の掲示板内組と6着以下の掲示板外、特に11着の大敗もあるだけに分けて分析したが、あまり意味はないというか4着以下で一つにくくれそうだ。
 馬券に絡んだ前走GIで4着以下の馬はみな、過去にGIを勝っていること、これが共通項として抽出できる。もともと強い馬(GI馬)が、たまたま前走を凡走した、というパターンかと思われる。

 

■2-2前走GII組、2頭。
15年3着ワイルドチーフ(牡4)マイレントロフィー(GII)1着 2走前ベルトランデュブルイユ賞(GIII)4着、過去にジョッケクルブ賞仏ダービー、GI)4着あり
09年2着アクラーム(牡4)サマーマイルステークス(GII)1着 2走前クイーンアンステークス(GI)3着、過去にGII勝ち鞍あり。

☆前走GII組で馬券に絡んだ馬は少なく、わずか2頭。2頭とも勝って臨んでいる。
対象が2頭だけなので幅を持たせるとしても、せめて3着以内の着順が欲しいところ。また2頭には過去にGIレースで5着以内の実績があった点も見逃せない。

 

■2-3前走GIII組、4頭
17年1着アルワケール(牡3)メシドール賞(GIII)2着 2走前英2000ギニー(GI)3着、過去にGIII勝ち鞍あり。
17年2着インズオブコート(牡3)ポルトマイヨー賞(GIII)1着 2走前パレロワイヤル賞(GIII)1着、過去にGIII勝ち鞍あり(GIII連勝中だった)。
16年2着ヴァダモス(牡5)メシドール賞(GIII)1着 2走前イスパーン賞(GI)4着過去にGII勝ち鞍あり。
13年3着アンテロ(牡3)メシドール賞(GIII)1着 2走前ジョッケクルブ賞仏ダービー、GI)1着つまりフランスダービー馬、過去にGI勝ち鞍あり。

GIIIまで格を落としたからには最低でも連対していてほしいものだ。また、過去に重賞(GIII以上)の勝ち鞍があったことも忘れてはならない。

 


■3 過去10年30頭の前走データ分析まとめ

×切りデータ
前走GIで2着だった馬は、2走前でもGIで連対し、かつ過去にGI勝ち鞍があることが求められる。二つの条件に当てはまらない馬は消し。


前走GIで3着だった馬は、2走前に重賞(GIII以上)で3着以内、かつ過去に重賞(GIII以上)勝ち鞍があることが求められる。二つの条件に当てはまらない馬は消し。


前走GIでも、2着以下で、かつ前走が初GIおよび初重賞だった馬は馬券に絡んだことがないので、消し。


前走GIで4着以下だった馬は、過去にGI勝ち鞍があること。ないなら消し。


前走GIIだった馬はせめて3着以内(勝ち馬以外来ていない)、かつ過去にGIで掲示板内(5着以内)の実績があることが求められる。二つの条件に当てはまらないなら消し。


・前走GIIIだった馬は連対していること、かつ過去に重賞(GIII以上)の勝ち鞍があることが求められる。二つの条件に当てはまらない馬は消し。

 

◎買いデータ
・前走クラス別ではGI組が24頭とGII組、GIII組を圧倒。


同舞台であるドーヴィル競馬場芝直線のGIレース英国のマイルGIレースがこのレースに相性がよい。


毎年、前走GIを勝った馬が1頭は絶対に馬券に絡んでいる軸馬は前走GI勝ち馬からをおすすめ。


相性がよい(過去10年間で複数回勝ち馬が馬券に絡んでいる)レースはロートシルト賞(GI)、クイーンアンステークス(GI)、ジャンプラ賞(GI)、サセックスステークス(GI)、モーリスドギース賞(GI)。


 予想 

3連複フォーメーションを想定 ※ゲート番ではなく、馬番を表示。

1列目
◎10アルファセントーリ
 データ分析の買いデータに合う(相性のよいイギリス競馬のマイルGIを連勝)し、切り材料を全てクリア。できればドーヴィルで走った経験があった方が心強かったと言えばそうなのだが、アイルランド1000ギニー(日本では桜花賞に相当)からマイルGI3連勝は、まあ、凄い。特に近2走は2着馬を6馬身、4馬身離しての勝利だからバケモノ級だ。馬券外に飛ぶイメージが全く湧かない。3歳牝馬なので斤量も軽い。これ以上言葉を費やす必要はないだろう、不動の軸馬である。

 

2列目
◯11ウィズユー
 開催国フランス調教馬がよく好走するので、本命以外はなるべくフランス調教馬を選びたい。ウィズユーは本命馬と同じく3歳牝馬なので斤量が軽い。加えて前走は同舞台ドーヴィル1600のGIを2着に3馬身離して快勝。ロートシルト賞組は過去10年で6頭が馬券に絡む、最多かつ最良のステップレースだ。おまけに過去に同舞台のGIIIまで勝っており適性は抜群。2000mのGIで2着、仏オークスでも5着と中距離でも好走できるスタミナもよい。強すぎるアイルランドの絶対女王を迎え撃てる馬はこの馬くらいでは。
▲7インテロジャント
 フランス調教馬の3歳牡馬。同舞台ドーヴィル1600のGIを勝利。前走ジャンプラ賞組は過去10年で3頭絡んでおり相性がよい。前走GI勝ち馬のデータに限定すれば、ロートシルト賞の勝ち馬3頭と並んでトップの数字。好走必至である。この馬も仏ダービーで4着とマイル以上でも様になるレースができている点が隠れた強調材料ではないか。牡馬で筆頭はこの馬と思う。
☆4アクシデンタルエージェント
 古馬牡馬で斤量59.5kgと過酷ではあるが、古馬勢で一番はこの馬だという確信がある。前走の英国マイルGIをきちんと勝ったことがまず一つ。実績不足な点は否めないので、2,3着なら切っただろう。そして勝ったレースがクイーンアンステークス、これは最多ステップのロートシルト賞の過去10年6頭に次いで二位の、過去10年4頭だ。前走は大穴で勝ったレース、まだフロック視されている感があり、今こそが買い時。

 

3列目
△2レコレトス
 前走GI着外でも2走前にイスパーン賞(GI)を快勝。戦績を見るに中距離が得意そうだが、マイル戦はミュゲ賞(GII)を勝っており、適性外というわけではない。おさえ。
△1ヌールアルアワ
 前走はGIIIだがきちんと勝ちきっており、よくわからないがカタールダービーでGI制覇、ドイツのマイルGIII勝ち鞍ありなど、2,3着なら通用してよいと言える馬。複穴かな。
△9ローマナイズド
 前走はGI着外も、2走前にアイルランド2000ギニー(日本では皐月賞に相当)を勝っておりデータ面ではクリア。強調材料ははっきり言ってないのだが、切る理由も見当たらなかったのでおさえ。

 

買い目 3連複フォーメーション
10―4,7,11―1,2,4,7,9,11 の12点。


La fortune!!

 

2018 予想 第20回小倉サマージャンプ(J・GIII) 7/28(土)第8レース

 夏の小倉競馬開催における最初の重賞、小倉サマージャンプを予想する。小倉の障害コースについては、特筆すべき点はあまりない。先行馬が有利だが、それはどこの障害コースでも同じだ。といって、後方勢が全部ダメかというとそうではなくて、これは平地を含む小回りの競馬場全般に言えることだが、終盤に位置を押し上げて、自分から動ける馬なら3着以内はじゅうぶんにある。
 アップトゥデイトがどういう競馬をするか、といったレースで、実際、抜けた存在であるし、オッズが低かろうがこの馬に逆らうのは無謀だろう。けれども新興勢力が粒ぞろいなので、小波乱くらいはあるかもしれない。

 

◎5アップトゥデイト
 このメンツならば楽勝だ、と言いたいところだが、この馬、意外と勝ちを取りこぼす。相手がオジュウチョウサンだったからでしょう、というとそれだけでもない。たとえば昨夏の小倉サマージャンプではソロルにハナ差及ばず2着だった。昨春の中山グランドジャンプでは、まあオジュウチョウサンに先着できなかったのはしようがないとして、2着サンレイデュークに8馬身離された3着だった。
 つまり、軸馬としては最適だが、1着固定で買うには若干勇気がいる馬だということだ。休み明け、別定とはいえ出走馬トップの斤量62kg、鞍上の変更など、不安要素はある。
 2015年の小倉サマージャンプ勝ち馬なので、小倉の障害コースは得意にしているくらいだと思うが、勝ちきれなかったことを想定した馬券の組み合わせを考えたい。
 
◯10マイネルフィエス
 本レース出走馬のうち、障害重賞勝ち馬はアップトゥデイトとこの馬(17年京都ジャンプS1着)のみである。おまけに小倉サマージャンプは今年で3年連続出走で、過去2回はどちらとも3着に食い込んでいる。前走は東京ジャンプSを2着。順調さがうかがえる。道中控える競馬をするので善戦マンの印象が強いのだが、実績No.2であることを評価して対抗。

 


△2ヨカグラ
 対抗にしようか迷った馬。前走の障害OP(阪神)の勝ちっぷりがすごい、5馬身つけた圧勝。あとはレースに集中できるかどうかで、勝ってもおかしくないと思っている。

△3ダンツキャンサー
 障害に転向後は複勝率100%。平地では1600万下勝ち、16年の安土城S2着、クイーンS(GIII)3着があった。牝馬なので58kgで走れることもプラス材料。障害OPも勝っていることだし、平地の成績も加味しておさえ。

△6アグリッパーバイオ
 障害レース初出走の前走、障害未勝利戦が強い勝ち方。障害レースの適性はかなりあると思わされた。おさえ。 

△8マイネルプロンプト
 障害重賞はこれが初出走。近走、やや不振も障害OPは2勝で侮れないが、アタマはないかなあ。勝ちを捨てた2,3着拾いを警戒。

△11タマモワカサマ
 障害に転向後は、(2-1-0-1/4)で着外は一度きり。五ヶ月半の休み明けは少々気になるものの、堅実さに期待してこれもおさえ。

 

買い目 3連単軸2頭流し、相手5頭のマルチ、30点。
5,10→2,3,6,8,11
グッドラック!!
 

2018 『爪と目』藤野可織(新潮文庫) 感想

 
 
著者 : 藤野可織
新潮社
発売日 : 2015-12-23
 2013年度上半期芥川賞受賞作。
 ホラー小説であると思うし、またミステリー小説でもあると思う。終始、醸し出される不穏で奇妙な雰囲気は何なのか。本作の謎に迫るには人称と視点、おかしな語りを見ていくことになるはずだ。直截に言ってしまえば、これは語りのホラーであり、ミステリーである。
 
 基本的なことを確認すると、まず語り手は三歳児である〈わたし〉だ。父は〈あなた〉と不倫関係にあった。そして母がある時、ベランダで死亡した。これを機に後妻として〈あなた〉が滑り込むようにやって来る。小説は〈わたし〉が〈あなた〉に語りかけるような調子で進行していく。二人称小説だとも言われる所以だが、そう定義したところで本作の全てがわかるわけではないし、本当にこれが二人称小説かどうか怪しいものだ。
 〈わたし〉が作中に実在する人物として最初から最後まで登場している。普通に考えれば、これは一人称小説だ。読み手としては〈わたし〉が語ることを読んで(聞いて)いくしかない。しかしながら、この〈わたし〉が曲者で、また怖ろしく、また奇妙な語り手であることがわかってくる。おかしな点は三つ挙げられる。
 
 ・一つ目に、三歳児とは思えない大人びた口調と、観察力と判断力を持っていること。
 ・二つ目に、一人称でありながら、〈わたし〉が知り得るはずのない〈あなた〉の心理や、〈わたし〉がいないはずの空間や、過去まで語ってしまうこと。父のこともそうやって語ってしまうこと。
 ・三つ目に、〈わたし〉すら外側から語ってしまうような文章がいくつか出てくること。引用すると「寝室では、わたしが両親のダブルベッドの真ん中で、掛け布団の上にうつぶせになって眠っていた。」「わたしは、リビングに踏み込んだことに気付かないようだった。」等々。これは一人称の語りとしては、少々おかしい書き方だ。
 
 一つ目は、成長した〈わたし〉が過去を回想しているとすれば説明できるが、二つ目、三つ目はそうはいかない。
 二つ目のこと、〈あなた〉の行動だけでなく心理をも語り、また〈あなた〉だけでなく父のものまで語っていることからして、これは三人称多元視点、いわゆる神の視点のようになっている。最近は意図的に小説の常識を崩して、一人称と三人称の間を自在に移動し、視点を動かす小説が出現しているから、その手のものかと言えばちょっと毛色が違うのではないか。あくまでも形としては一人称体のままで、変化はしないからだ。〈わたし〉は〈あなた〉や父の内面に潜り込めるし、〈わたし〉のいない空間や過去に移動できる神のような、人間を超越した、あるいは人間にあらざる何かとしか言いようがない。
 三つ目は、三歳児の娘である陽奈としての〈わたし〉を、陽奈ではない〈わたし〉が語っているという現象が示されている。〈わたし〉を〈わたし〉が外側から語る、客観的に書くとは何が起こっているのか。 
 この語り手〈わたし〉はいったい何者なのか。語りのホラーであり、ミステリーであると言ったのはこういうことだ。
 
 何者であるかを推理する前に、『爪と目』という題名について。〈あなた〉という後妻はひどく視力が悪い。おまけに見たいものだけ見て、見たくないものは見ない。利己的な性格の象徴として目の悪さが使われている。
 〈あなた〉は〈わたし〉をきちんと見ようとしない。その憎々しさからか、〈わたし〉は爪を噛む癖をやめられない。一時的で投げやりな処置としてスナック菓子を与え続けて爪を噛む暇を奪うが、いつしかそれを忘れた時、爪を噛む癖は再開され、ギザギザな凶器となった爪で〈わたし〉は問題を起こす。またもや一時的な処置として、爪をヤスリで削るが、爪は鋭さを獲得し、さらに危険な物になったことに〈あなた〉は気付かない。依然として〈わたし〉を見ようとしない〈あなた〉は、〈わたし〉の爪によって、利己的なその目は攻撃されるだろう。
 この内容と上記のおかしな三つの点を合わせて推理すると〈わたし〉は何者なのか、見えてくる。
 〈あなた〉は三歳児の連れ子である〈わたし〉を見ようとしない。その〈わたし〉には、〈わたし〉を産み落とした者の面影があるはずだ。〈あなた〉にとっては見たくない、考えたくない人物だろう。いや、そもそも〈あなた〉の見ようとするものの対象外なのかもしれない。既に死んだ者など、鈍感で利己的な目が持つ視界には入れないのかもしれない。
 
 その〈あなた〉を憎む今は亡き者が〈わたし〉に取り憑いているとしたならば、今まで書いてきた不審点がおおよそ解明されると思うのだが、どうだろうか。むろん、誰とははっきり書かれていないのだから、他にも解釈や推理のしようはある。本作が持つ怖さもまた、多様な要素の組み合わせからもたらされたものだ。しかし実験的な人称、視点、語りからホラーを生み出せるなんて、と思わず唸ってしまった。

2018 予想+データ 農林水産大臣賞典 第22回スパーキングレディーカップ(Jpn3)(ホクトベガメモリアル)川崎競馬

 気が向いたので、07/05(木)川崎競馬場ダート1600mで行われる牝馬限定の交流重賞スパーキングレディーカップを予想してみた。
 川崎競馬場のコースの特徴といえば、めちゃくちゃキツイ急カーブ。1600mだと、コーナーに入るまでに400m距離があるので多少緩和されるものの、やはり内枠、インコースを走れた馬が有利となる。
 まあ、普段から南関競馬をやっているわけではないので、コース傾向などなど、私の知識も微妙だから置いといて。JRAと地方の交流重賞はえてしてJRA勢が圧倒してしまう。それはスパーキングレディーカップでも同じなのだが、意外と馬券圏内(3着以内)に地方所属馬が絡んできているのだ。 

 

 というわけで過去10年過去11年(イージーミスをいまさら発見したが母数は多い方が良いと思うのでこのままで)地方所属馬の好走データを調べてみた。


スパーキングレディーカップ 過去10年(過去11年) 馬券圏内に来た地方所属馬のデータ

2017 2着ララベル マリーンC(Jpn3)2着
2016 2着ブルーチッパー マリーンC(Jpn3)2着、クイーン賞(Jpn3)3着
2015 JRA勢独占
2014 3着マイネエレーナ(特に実績なし)
2013 JRA勢独占
2012 2着クラーベセクレタ マリーンC(Jpn3)2着、クイーン賞(Jpn3)1着
2011 JRA勢独占
2010 JRA勢独占
2009 JRA勢独占
2008 1着トーセンジョウオー マリーンC(Jpn3)1着、エンプレス杯(Jpn2)1着
2007 2着レイナワルツ エンプレス杯(G2)3着、白山大賞典(G3)3着 
2007 3着クリムゾンルージュ マリーンC(Jpn3)2着、TCK女王杯(Jpn3)3着 


 

 1,2,3着をJRA勢が独占した年は、2015、2013、2011、2010、2009。他の年は必ず1頭は地方所属馬が馬券に絡んでいる。共通項として浮かび上がってくるのは、他の交流重賞で馬券圏内に入った実績である。2014年の3着マイネエレーナはどう調べても好走要因がわからないので100%のデータにはならなかったけども、合計7頭のうち1頭なので例外ということで。

 

 今年出走する地方所属馬で、過去に交流重賞で好走した経験を持つ馬。
 1番ブランシェクール(2018 TCK女王盃2着)
 7番ラインハート(2018 TCK女王盃3着、2017 クイーン賞3着 JBCレディクラシック3着)
 上の2頭をヒモで抑えておくと、交流重賞にしては良い配当の馬券を当てられるかもしれない。

 

 予想
◎8ワンミリオンス
 昨年のエンプレス杯を勝って以降、5着前後が続いているが今年のJRA勢はどの馬も順調とは言えない、いわば本命不在のレース。とすれば、近2走で栗東S(OP)6着やアハルテケS(OP)5着のこの馬が軸向きに思える。牝馬であることを思えば、中央のオープン特別で6着、5着は買える成績と言えるはずだ。

 

◯3リエンテソーロ
 2016年の全日本2歳優駿(同舞台の川崎マイル)勝ち馬。芝のNHKマイルCでも2着したけども、以降は不振。2017年にユニコーンS(東京ダート)、テレ玉オーバルスプリント(浦和)と、ダートに戻しても走っていないので早熟馬で、もう枯れた可能性があるが、かつて強い勝ち方をした川崎ならば復活もあると見て対抗に。
▲12オウケンビリーヴ
 JRA勢で馬柱が一番キレイなのはこの馬。鞍上ルメールである点も好材料。1200しか使っていないが、交流重賞ならば400m延長でも何とかなりそう。というのも、ダートに転向してから着外は9戦中、3回しかない。
☆ラビットラン
 ローズS1着、秋華賞4着なので芝馬なのだろうが、デビュー当初はダートを使っていた。新馬戦で1着、500万下で2着の成績。ダートが苦手というわけではないだろう。大きく崩れたというか、二桁着順は前走のヴィクトリアマイルだけでなので、そこまで不振というほどではない。交流重賞ならやれてよいのでは。

 

△1ブランシェクール
 上のデータで示した通り。おさえる。
△7ラインハート
 同上。

 

買い目はオッズが出てからにしたいけど3連複の1頭軸で流して10点を、金額調整する感じで。
グッドラック!!

2018 『九年前の祈り』 小野正嗣 (講談社文庫) 感想

 2014年度下半期芥川賞受賞の表題作を起点とした連作短篇集。
 小野正嗣はデビュー作から、故郷である大分県の、リアス式海岸にある過疎化が進む集落を小説の舞台にしてきた。デビュー作や三島賞受賞作では集落を〈浦〉と名付けていたので、ときおりそれらの作品群は〈浦〉サーガとも呼ばれる。本書もそのサーガの一つとして加わるのだろうが、連作短篇集全体としての完成度が相当に高く、そして何より芥川賞を射止めた『九年前の祈り』だけでも絶品と言えるだけに、サーガ等々はあまり気にしなくてもよいかもしれない。
 優れた小説はしばしば読み手の心を強く揺らすもので、恐らくその状態は感動という一語をあてるのが適当なのだろうが、これもまたしばしば起こることで、何にどう感動したのか、言い表し難い。伝えたいことは何となく分かるし、現に伝わってきたから感動しているのだが、言語化しにくい情感を持たされた小説だった。
 
 表題作で短篇というより中篇と言ってよい文量である『九年前の祈り』の主人公さなえは、上に記した大分県の海辺の集落から上京し、カナダ人と結婚し一男を儲けるものの、破局し、いわば都落ちする形で故郷の実家に身を寄せている。そして母からみっちゃん姉というさなえが慕っていた年上の女性の息子が大病に罹り、病院に入院した、との報せを聞く場面から始まる。
 この時より現在と、九年前に集落の住人達でツアー旅行したカナダのモントリオールでの回想とが、複雑な交わり方をしながら小説は進んでいく。
 さなえは両親も含めた集落の住民達に馴染めないどころか心を許していない。狭い地域で固定化され、人の出入りが少ない田舎では、プライベートはないに等しく、何もかもいつの間にか筒抜けだ。特に一度、この集落を捨てて出て行った人間であるさなえには、不寛容な言動が容赦なく浴びせられる。田舎特有の息苦しさ、無神経な住人達がリアルに描かれている。
 加えて息子である希敏(読みはケビン)は、恐らくは自閉症か何か、先天的な障害を負っており、よく発作を起こす。外界の全てを拒絶するような異様な喚き方で、それをさなえは、ひきちぎられたミミズ、という嫌悪感を喚起させる比喩で言い表すように、希敏を重荷に感じている。
 この二つの要因によってさなえが追い詰められていく心理描写は読んでいて苦しくなるほどだ。
 一方で九年前の回想にあたる部分では、案外ユーモラスな様子で進行していく。無神経な住人達も、いざ集落を離れてみれば図々しいだけの、滑稽な田舎者に過ぎない。その中で唯一、思いやりと寛容さを持っているみっちゃん姉にさなえが惹かれていくのは当然のことだが、ふと住人の一人から、みっちゃん姉の息子がどうも発達障害のような子供で苦労しているのだ、と明かされる。無神経で、何でも噂にして集落中の人々に流してしまう特性という伏線がここで活きてくる。この軽口がなければこの小説は成立しない。つまり、みっちゃん姉は現在のさなえと似た状況にあった。急速にさなえと九年前のみっちゃん姉が重なり合い出す。
 現在と九年前が、行空けなどをなされずに進んで次第に混淆していき、精神が参っているさなえに幻覚を与える。それは、息子の入院先にいるはずの、子煩悩であるはずのみっちゃん姉が、なぜか目の前におり、希敏を連れ去っていってくれるというもの。ここに来て、さなえはみっちゃん姉にほぼ同化していると言ってよい。そして、この情景はあまりにも切ない。子を捨ててしまいたいという、決して肯定できるものではないが切実である苦々しい願望が、幻想的で美しく表現されればされるほど、どうしようもない哀しみが満ちてくる。
 九年前のモントリオールの回想で、団体で地下鉄を利用する際、住人の幾人かがはぐれてしまうのだが、住人を探すうちにとある教会に辿り着き、みっちゃん姉は膝を折り、〈祈り〉の姿勢をとる。何を祈るのか、と戸惑う住人達は、はぐれた住人が見つかるよう祈ればよいとみっちゃん姉に倣って〈祈り〉を捧げる。しかしみっちゃん姉の〈祈り〉の姿だけ明らかに質が違っていた。その光景をさなえはついに鮮明に思い出す。
 このみっちゃん姉の九年前の〈祈り〉をどう捉えるか、どう受け取れるかで本作の評価がだいぶ変わってくるのではないか。
 もちろん宗教性は関係ないし、はぐれた住人など、この際どうでもよい。
 〈祈り〉を、何かを請い願うものだと見たとして、果たしてみっちゃん姉の願いは叶うのだろうか。そう、初めから分かっていることだが、たとえ懸命に〈祈り〉を捧げたからといって、必ず救いが訪れるとは限らない。願いの成就など保証しようがないし、見返りだって期待できない。何も起こらない可能性が極めて高い。それらを分かっていてもなお、みっちゃん姉は〈祈り〉を捧げているのだ。これは子を想う母の愛とするのが妥当だろうが、それだけでもない気がして、どうもピッタリと対応する言葉が見当たらない。それでも、いや、だからこそ、目を閉じ、手を組み、何事かを、誰かを、ただ一心に想うということ――〈祈り〉という行為とその姿が持つ崇高さそのものを、心がボロボロになっているさなえが九年越しに見出して、きっと希敏への接し方がよい方へ変わっていくのであろうと思えた結末に、いたく心を揺さぶられてしまった。
 
 他に短篇三つ、『ウミガメの夜』、『お見舞い』、『悪の花』を収録。幾人かの登場人物の事情や過去や背景、意外な繋がりがそれぞれ違った視点から多角的に何度も描かれることで、『九年前の祈り』で提示された世界観に奥行きが出てくる。三人称でありながら(何もかも知っている語り手のくせに)、意図的な省略やはぐらかしを多用する点は少々あざとい気がしないではないが、『悪の花』の最後も〈祈り〉が出てくるので、円環構造のような感じで、まとまりがよく、こういった辺りは技巧面が優れており、締め方としてはキレイで納得のいく物だった。

2018 予想 第20回東京ジャンプステークス(J・GIII)

 荒れる障害重賞、東京ジャンプステークスを予想する。何で荒れるかというと、障害レースは基本的には先行馬圧倒的有利なのだけど、東京障害コースだとそうはいかないから。
 ハードル障害が一つあるものの、直線は463mある。差しがバシバシ届くのだ。
 そして、今年の出走馬は逃げ馬が多い。先頭集団にとりついていくような馬より、やや控える馬、差し馬を貪欲に狙っていきたい。

 

◎6ジャズファンク
 今春に障害入りしてから2戦して1勝2着1回の連対率100%で、前走も昇級初戦であることを全く苦にしない走り。
 その前走だが、4番手前後で競馬を進め、直線に入って追い上げるも惜しくも2着。ほぼ勝ちに等しい内容だったし、何よりその前走は東京障害コースだった。3,4番手に控えてくれる脚質もよい。特に今回は逃げ馬が多くペースが流れると思うので、道中じっくり構えられるこの馬が有利ではないか。
 むろん、他にも控える脚質の馬はいるのだが、障害入りしてまだ底を見せていない点に魅力を感じる。

 

◯9シンキングダンサー
 軸にしようか大変迷った馬。前走の中山グランドジャンプの危なっかしい飛越を見ているとちょっと不安になってしまった。とはいえ、昨年の東京ジャンプステークス覇者で、オープン特別の秋陽ジャンプS(東京3110m)も勝っており、東京障害コースでは2勝とこの舞台との相性は抜群で、中団に構える脚質も非常に良い。
 飛越にミスがなければ、勝ちきっても不思議ではない。
▲8アスターサムソン
 前走の京都ハイジャンプでは本命にしてお世話になったけど、その前走は前に行く馬がほとんどいない、という状況があった。今回では様相ががらりと変わっている。よって引き続き本命、とはできないのだけど、しかし思った以上に強い勝ち方をしたので単穴評価で。粘り込みの3着以内、十分に有り得るだろう。

 

△1マイネルフェスタ
 障害重賞ウィナーでかつ、前年の当レース4着。戦績を見ると、どうも東京障害コースを得意にしているとは見えないのだが、脚質的にはこちらの狙いと合っているのでおさえる。
△3サーストンコンラルド
 前走の昇級初戦は5着に終わったものの、2走前の障害未勝利戦の勝ち方がすごい。7番手からまくって大差勝ち。実績面で見劣りするが、侮れない。
△4ミュートエアー
 3走前に春麗ジャンプS(東京3100m)で3着がある。近2走も番手競馬なのであって、どうしてもハナにという馬ではない。道中、無理して位置をとるのではなく、それこそ3走前のようにじっくり構えてくれれば。
△11タマモプラネット
 実績馬。東京ハイジャンプ3着がある。安定感があり、相手なりに走る馬だし、先行勢ではアスターサムソンと互角か、それ以上の能力は持っているだろう。そのアスターサムソンと同じく、逃げ残りを警戒して、おさえ。

 

 さて、買い目だけど、普段の障害重賞ならフォーメーションを組んででも、少数点におさえてきたけど、このレースの場合、荒れるので、広めに網を放りたい。

 

買い目 3連複軸1頭流し 
6―1,3,4,8,9,11 15点

グッドラック!!