読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読書と競馬

こっちだよー。

2016 古井由吉「水」読了、次は絲山秋子エスケイプ/アブセント

読書感想文、または批評 競馬

 再び、というかしばらくこのスタイルをとると思うのだけど読書メーターに書いたものをそのまんま転載。

 

「杳子」にて芥川賞、受賞後第一作となる「影」を筆頭に遍た短篇集。古井の自己解説を読むに連作の意識があったか知らぬがテーマは生死になるだろう。この短篇集では「弟」が私の一番の好みだ。戦時体験、学園紛争、時代から借りたと言えばそれまでだが終幕も含め、古井もこういったものを書くのかと静かに驚いた。文体は時と共に移ろうが、生存している日本の小説家の中で文章力は第一等だと断言できる。際立つのが隠喩。レトリックの比喩の中で隠喩をここまで使いこなしているのは古井だけだろう。私は古井の文章を読むためにこの本を買ったのだ。

 

 全然これじゃ言いたいこと言えてないわな。もっとね、隠喩の事に文章割きたかったんだが不可能だ。といってここで長広舌をふるうつもりでもなくなっている。よし、あと少しで読み終わるぞ、そうやって寝床に入る時刻を伸ばしていると、たいてい、睡眠時間に際し支障をきたす結果になる。私もそうだ。何回経験したろうか。映画があとちょっと、と書籍を読了するにあとちょっと、では全然違うのに一向に学ばない。でも終幕へ向けて一度気合を入れてしまうと意地になって読み終えて、その熱量がまた頭を冴えさせてしまう。

 隠喩というのはレトリック(修辞学)の比喩に分類される、直喩、暗喩、換喩とあってこの一群に隠喩が入る。簡単に言ってしまえば直喩をショートカットさせた表現。~のような、~みたいな、が金魚の糞みたいについていれば直喩なのだが、隠喩はこれがない。ずばっと一言で言い終えてしまう。適切な例が思い浮かばないから下ネタを言ってしまえば「この女はマグロだ」という感じ。みなまで言わずとも夜を共にしたくないだろう。で、本当の、真剣に考えぬかれた隠喩とはこんな下らないエッチィものじゃない、当たり前だが。

 暗喩というものが横へ運動する比喩の一つだとするならば(大掛かりな暗喩は一冊の小説を貫く)、隠喩は縦方向に無限に伸びていく比喩の一つと言える。ただ一言で何がしかを言い表し、その単語をストンと持ってくるのだが、その隠喩はもう隠喩それ自体が異化された表現といって差し支えない。喩えている事象が上下に伸びるというのは、その隠喩本体で読者の眼が止まるからだ、そして考えるからだ、何を何で喩えたのだ? という。もうここまで来ると詩学の話になってきてムツカシイ話になってくるのでよすが、古井由吉はそれが得意だし、上手すぎる。

 安岡章太郎を、私は卒業論文にしようかと思っていた時期があった。その時、安岡は存命中だった。基本的に文学研究とは死んだ作家を対象にする。私が中上健次で卒論を書き、大学院へも、たった一人戦後作家である中上健次をひっさげてあえなく撃沈されていくのだが、そんな折に訃報が耳に入ってきた。ああ、もう少し私が若ければ、安岡章太郎で卒論を書いたかもしれない、そのまま進学したならばまた違ったかもしれない、そう思うことがある。どっちも戦後の作家だが、第三の新人と中上+ダブル村上、なんて比べたら安岡の方がやりやすいに決っている。

 古井由吉もそろそろ危ないと思っているが、もう私は文学研究からは足を洗ったつもりでいるから、なるべく長生きをして、古井の全生涯を視野に入れた論文を書こうとやきもきしている連中を苦しめて欲しい。今の文壇の長老であろうからして。

 

 次は絲山秋子。あと青山七恵。適度に学術文庫などを交えながら読んでいく。本が70冊以上もある。さっきの古井、フライングのようにたった一冊先に届いた古井由吉のあとにの次の日にはドバっと70冊が来た、ダンボールだった。さきほどようやく封をといた、それを開けてまあびっくり。こんなにあるの? と嬉しくなった。70冊は凄いですよ。

 一応、舟橋聖一文学賞の30歳未満のものを書きたいと思っていて、8月を執筆にあてるつもりでいるが、創作というのはさっさとプロット作って、練って練って、書いてみて、また途中で修正したりして、推敲もして、となると手をつけるには早くて悪い事はない。

 だから7月の海の日辺り(ちょうど梅雨も終わる頃合いだろう)、そこら辺で読書をよして創作方面に行くべきと考えている。つまり、原稿用紙50枚以内の短篇を拵えようとしているのだからそのくらいの短篇集、中編集を集中的に読んでいく。間違っても上下巻のものに手を出しちゃいかん。

 

 天候がバカみたいに悪いが、明日から競馬だ。兵庫の阪神競馬、府中、そして函館。阪神、府中の開催が終わると(7月第一週、ちょうど来週か)、福島競馬、中京競馬、函館競馬、になる、夏競馬。ここにそのうち小倉競馬がやってくるから、競馬ファンは北海道から九州の天気を毎週気にしている人間たちだ。どうだ、凄いだろう、この無駄な努力。天気がバカになっているんだから、大負けするか大勝ちするかのどっちかだ。

 土曜は東京ジャンプステークスだけやるとして、あとはじっくり馬場を見たい。

 

 よし寝よう。