2016 絲山秋子「エスケイプ/アブセント」読了、次は青山七恵「お別れの音」

 例によってまず読書メーターで書いたものをそのまま転載。

第一印象は軽すぎ、だった。饒舌体、活動家崩れ、ゲイ、およそ日本文学がやり尽くした、地雷原に特攻した意欲作である。おまけに絲山秋子には頻出の洋楽からのインスピレーション、〈神〉という概念など、良くも悪くも、絲山をぎゅっと詰め込んだ代物にはなっている。読み進めれば、絲山がこの小説のプロットに込めた仕掛けが表れてふいに面白くはなるが、それまではこの小説、大丈夫か? と心配してしまった。「絲山秋子作品の中で、読むのは本作が初めてです」という人には、本書だけで判断しないように。もっと良い物書きますから、この人は。

 

 突っ込んだ批評はブログだけに留めようと思っているので、ディスってディスってやっつける、なんて事はしないようにしたが、それでもなんというか、上記の読書メーターに書いた感想も、失敗作だよこれ、みたいな感じになってしまった。

 絲山秋子はかなり読んでいるんだけど、たぶん今までで一番出来がひどい。解説には活動家やって痛い目見た高橋源一郎がやっているが、三島賞受賞作の「ららら科學の子」の方に文字数割いているし、褒めるのが難しかったんだろう。

 思えばデビュー作のイッツ・オンリー・トークもそうだし、ダーティーワークもそうだったように本作も洋楽からとってきている。あと、絲山秋子が好きなのは神様ね。去年あたりに何故か買った月刊の文芸誌「新潮」にも絲山秋子が短篇を書いていてそこにも神様がいた。神様がハエか何かになって、人間を鳥瞰しているといった感じだった、確か。

 それで饒舌体というのも系譜があるものでまずゴーゴリの影響下における宇野浩二等々があるのだけど、そこに入れるかね、これ。

 サザンオールスターズがさ、ミス・ブランニュー・デイでさ、しなやかと軽さを履き違えている、って歌詞があるんだけどそれが見事にあてはまってしまった小説。それともここ最近重厚なものを読みすぎて、いきなりライトなものを読んだものだからカルチャーショック的なの来ているのかな、そういう事にしておいてあげたいくらい、この小説ひどい。

 ダメだな、批評というより批難の言葉しか出てこない。褒める部分が何もない、皆無だ。

 

 次は青山七恵の短篇集、「お別れの音」。