2018 予想 第23回東京中日スポーツ杯武蔵野ステークス(GIII)

 チャンピオンズカップのステップレース、東京ダートマイルの重賞、武蔵野ステークスを予想する。ダート戦の定石としては先行有利となるのだが、ダートでも直線が長い府中で、しかもクラスが重賞ともなるとそうは言ってられない。強い先行馬には何かしらの印を打っておさえるべきだが、中心視するのは差し勢で構わないだろう。

 

◎15ウェスタールンド
 外枠有利のコース形態で、15番はおいしい。別定戦でもあるので実績を重ねた馬が57kgを背負う中、56kgで臨めるのも有利な点だ。そして何より3戦前にダート転向してから底を見せていない。ぽんぽんと速い上がりを使って1000万、1600万を連勝しシリウスSではクビ差の2着、舞台が府中に変わるのは願ったり叶ったりといった次第だ。有力馬が何かしらのマイナス材料を抱える中、この馬に関しては何も見当たらない。不動の軸馬である。

 

◯4サンライズノヴァ
 この馬もまた強烈な末脚を武器にしており、近走はオープン特別ばかりとは言え、差し馬で安定した着順を出せているのは好印象なのだが……やっぱり枠が悪い。外枠の方が芝を長く走れるから、ではなく、内枠の差し馬という文脈でだ。詰まってしまう恐れが大きいなあという感じ。実際、昨年の武蔵野ステークスでは3枠6番で12着と大敗を喫した。オアシスSや欅Sなどでは内枠にもかかわらず2着に持ってきているが、換言すれば内枠だとオープン特別でも2着に持ってくるのが精一杯と言えるのではないか。とはいえユニコーンSをはじめ、府中が合っていて、かつ実績も本レースの出走馬の中ではある方だ。直線で進路を確保できれば突き抜ける可能性はおおいにある。
▲10ナムラミラク
 逃げ先行馬で一番手と言えるのはこの馬。条件戦時代とはいえ、府中のダートで前々で運んで良績を残している。はっきりとした逃げ馬がいないので、重賞での好走こそないがオープン特別で連続2連対の成績でも、思い切ってハナを叩けばひょっとするかもしれない。鞍上もルメールにスイッチさせている点から陣営の本気度がうかがえる。

 

△5イーグルフェザー
 キャリアのほとんどが府中の1400か1600で、まさにここはホームといった具合。武蔵野Sのデータを見れば、前走が条件戦でも準オープンなら馬券になっているので、実績不足ではあるが軽視は危険と判断、おさえ。
△7ユラノト
 先行馬で2番手ならこの馬ではないか。また、多少控えての好位差しもできる若干の自在性を備える器用さも魅力。重賞経験はアンタレスSのみだが5着ならそこまで悪いとは言えないだろう。おさえ。
△11グレンツェント
 いかんせん長期休養明けなだけに印を上げづらいのだが持っている実力はピカイチ。
△13メイショウウタゲ
 個人的な話だが、この馬に幸四郎が乗っていた条件戦時代は何度もお世話になった。オープンに勝ち上がって以降、時折激走するもだんだん成績が落ちていったが、ここに来ての復活劇は嬉しい。エニフSでの久々の勝利はフロックではないことを南部杯で証明した。勢い続く今こそ買い時。
△16インカンテーション
 この馬に限ってはもはや語る必要もないかと思うが、強いていうと本番のGIレースよりはこの武蔵野Sなどといった前哨戦に強い馬。昨年の覇者である。馬齢と休み明けを考慮して印は下げたが怖い1頭。

 

買い目 3連複軸1頭流し 21点
15-4,5,7,10,11,13,16
GOOD LUCK!

2018 予想 第20回東京ハイジャンプ(J・GII)

 日曜、東京9レース目にて施行される障害重賞、東京ハイジャンプを予想する。
 障害レースの一般論として先行有利というものがあって、それは府中であってもそうなのだが、東京ハイジャンプに限っては実力馬が集まる関係からか、意外と差しが届く。といって差し馬なら何でも届くわけではなく、障害重賞で通用したとか、あるいは障害OPで強い内容で勝った等、実績を残している差し馬なら信じてよいレースとなっている。
 オジュウチョウサンのような他を圧倒する逃げ先行馬はおらず、今年の東京ハイジャンプは混戦模様だ。差し馬に警戒して網を広めに投げてみようと思う。

 

◎10タイセイドリーム
 2年前の東京HJは2番手からの先行で3着、2年前の新潟JSで勝った時も3,4番手につける競馬で本来は先行馬なのだろうが、この頃は5,6番手に控える競馬をするようになり、中山グランドジャンプで4着、東京JSで3着、そして前走新潟JSで障害重賞2勝目。中団待機が板につき、どのようなレースにも対応できるようになった。東京障害コースは複勝率100%。勝ち負けだろう。

 

◯2サーストンコラルド
 本レースと同舞台の東京JSを、2着に5馬身離して差し切り勝ちした点を高く評価。フロック視されている感があり、買うなら今だ。
▲4ルペールノエル
 府中の障害コースでは秋陽JS(障害OP)1着があるがそれのみで、この舞台が合うのかどうかわからないが、この馬も好位か、あるいは差しに回っても毎回、確実に上位着順に迫る競馬ができている。今年に入っても阪神SJを3着、中山GJを4着、前走京都HJを2着と元気いっぱい。冒頭でも述べたが絶対的な存在がいないのでこの馬が勝っても何ら不思議ではない。
△3タマモプラネット
 去年の東京HJで3着した馬。はっきりとした逃げ馬で、おまけに今回のメンツでは同型がいない。単騎逃げとなること濃厚。粘り込みに注意。この馬はスタミナがあるぞ。
△6ビットアレグロ
 期待している穴馬。まず、2017年の東京JSで8番手から追い込んで3着という成績がある。そして前走、前々走と新潟の障害OPをこれまた差し切り勝ち。馬券内ありうる。
△9シゲルクロカジキ
 前走で障害重賞に初挑戦し、及ばずの5着だったがまだ見限るには速い。差し脚は強烈なものがある。
△11ヨカグラ
 正攻法というか、3,4番手に控えて徐々に進出するお手本のような競馬でついに障害重賞に手が届き、前走で小倉SJを制覇。3番手辺りで折り合えばひょっとする。

 

買い目 3連複軸1頭流し
10 ― 2,3,4,6,9,11 15点

GOOD LUCK!

2018 予想 第66回アイルランドトロフィー府中牝馬ステークス(GII)

 土曜の東京メイン、府中牝馬ステークスを予想する。もともとエリ女杯のステップレースのようなものだったが、2014年より本レース1着馬にエリ女杯優先出走権が与えられることとなった。
 東京1800は一般的に前有利と言われるし、開幕してまだ二週目でもあるし、行った行ったの前残りで決まるとまでは断言できないが、強い逃げ先行馬がいるなら注意は必要だと思われる。一方、差し勢の中では、シンガリ一気は相当に強い馬でないと厳しい、中団のポジションをとれれば好戦するだろう。

 

◎6ジュールポレール
 今年のヴィクトリアマイル勝ち馬。府中は二回走って(1.0.1.0)、去年のVマイル3着、今年のVマイル1着で、府中との相性はよい方だろう、少なくとも苦手ではないはず。問題なのは距離適性。戦績を見てみるとマイラーだと思うが条件戦時代に1800で勝鞍があり、2000でも2着がある。エリ女杯の大敗から推測するに、2000までならこなせる馬だと思われる。
 中団待機かやや先行する脚質が向くと思い、本命に。

 

◯10ディアドラ
 秋華賞馬で、前々走はドバイターフを3着、府中に関して言えばオークス4着がある。この馬の場合は、1800と2000の距離で抜群の実績を残している。前走のクイーンSも強い勝ち方だったし、有力馬は休み明けが多い中、夏に一戦している点も良い。対抗に下げた理由は後方一気のタイプだからだ。勝ち負けすると思うが脚質がちょっと合っていないんじゃないかなあ、実力はあるのであっさり差し切り勝ちしてもおかしくはないが。
▲1クロコスミア
 近走が不振なものの、昨年の府中牝馬ステークス勝ち馬。そして1枠1番、脚質は逃げ。札幌記念で休み明けを叩けているし、昨年の再現があっても不思議ではない。馬場も展開も味方するのではないか。
△2フロンテアクイーン
 実に2017年9月の準オープンから重賞も含む5戦を走って連続2着が続いている。最後の詰めが甘いのか、歯痒い競馬ばかりだが、ポジティブに換言すれば重賞であっても相手なりに走れる安定感があるわけだ。こういうタイプの馬は馬券から切りづらい、おさえ。
△3ソウルスターリング
 前走のクイーンS3着を復活と見るかどうかだが、まだちょっと不安なのでおさえるだけにしておく。
△10リスグラシュー
 府中と相性がよく、オークス安田記念以外は馬券内。府中マイルのアルテミスS東京新聞杯を勝っており、距離面においてはローズS3着、秋華賞2着があるのだから問題はない。ただ後ろに下げすぎている競馬をやっているので、そこがどうか。

 

買い目 3連複軸1頭5頭流し 10点
6 ― 1,2,3,4,10

GOOD LUCK!

2018 予想 第4回サウジアラビアロイヤルカップ(GIII)

 いよいよ秋の府中開催がスタート。先陣を切る重賞、2歳府中マイルGIIIサウジアラビアロイヤルカップを予想する。かつて2歳OP特別のいちょうSとして施行されていたが2014年に重賞格上げ、2015年に現在の名称へ変更という経緯を持つ。
 さて、天候やそれにともなう馬場状態がよく読めないが、さほど影響を与えるものではないらしい。それよりは開幕週であることを考えた方がよい。たとえば、秋の府中開幕週の日曜には毎日王冠(GII)が組まれているが、あのウオッカが2008・2009年と出走した際には2年連続でハナを切って、この馬のキャリアの中では異例の逃げの手に出たことを思い出してもらえるとよいと思う(2年連続2着だったが)。それくらい騎手や指示を出す調教師も開幕週であることに意識的だということだ。
 今年のサウジアラビアロイヤルカップの出走馬は(まあ例年そうだが)新馬や未勝利を勝ち上がった馬がほとんどだ。前走の位置取りや、そこから想定される脚質も重要だが、素質や現時点での能力が高いと思える馬を素直に買った方がよい結果に繋がるだろう。
 で、今回のメンツの中には明確な逃げ馬が実は1頭も存在しない。同じく差し馬っぽいのはいても追い込み馬と呼べるような馬もいない。頭数も8頭なので多分、団子状態で終始レースが進むか。となれば中団に位置取り、直線迎えて好位から抜け出すような馬が理想的だが、開幕週だから先行馬と思われる馬にも注意したい。

 


3連複フォーメーションを想定

◎4グランアレグリア
 夏の6月のこととなるが牡牝混合の新馬戦を圧勝。着差こそ2馬身だが走破時計が非常に優秀で、同舞台の府中マイルを1:33:6。これは府中マイル2歳オープンの平均の走破時計が1分34秒台であることを思えば驚異的だ。上がり3ハロンも33.5と決め手も備える。鞍上はルメール。この馬に逆らうのは難しい、強いてマイナス材料を挙げれば4ヶ月の休み明けということくらい。連は確実と思う。牝馬でもやれるだろう。

◯コスモカレンドゥラ
 前走1800m、データとして馬券圏内率が高い距離短縮組である。府中マイルは中距離馬並みのスタミナが要求されると言われるように、距離短縮組は本当によく走る。この馬の場合、前走の距離だけでなく舞台が中山だったというのも、殊に開幕週においては大きなプラス材料になるはずだ。恐らくは先行するだろうが、粘れる体力は十二分にある。

→出走回避を確認したので予想から取り消し、▲、☆をそれぞれ一つ上位の印へ変更(10/04 20:10)

2アマーティ
 8月の中旬に新潟のマイルでデビュー、その時にくりだした末脚は33.3。平坦で日本で一番長い直線である新潟外回りだから出た数字であることは確かだが、全出走馬の中で一番の上がりの時計とあっては注目せざるを得ない。 
▲1シャドウエンペラー
 新馬戦はクビ差の争いとなったが逃げ馬を捕まえて差し切り勝ちは数字以上に強く見えた。阪神の重馬場で34.7の上がりを出すのだからタフさはあるだろう。

 

△6サムシングジャスト
 馬自体は新潟外回りで上がり33.5秒を出しているように優秀。しかし屋根が変わって横ノリになったので色んな意味で怖い。鞍上がどう乗るつもりか全くわからないが、おさえ。
△7セグレドスペリオル
 前走の阪神マイルの勝ち方が好印象。3馬身離した着差もさることながら、上がり3ハロンは35.0(稍重)でそのレースの上がり2番手が35.4なので一頭だけ異次元の脚を使っていたことになる。鞍上の川又がネックかもしれないがそのせいで人気は落ちると思うし、ヒモに入れておくと面白そう。
△3ドラウプニル
 前走500万下出走組はほぼ来ないというジンクスめいたデータがあるのだが、データクラッシャーになれるか。モレイラ鞍上、左回りの中京マイルで新馬勝ち、上がりもそこそこ速いし、さすがに切るのは勇気が要ったのでヒモには入れる。

 

買い目
3連複フォーメーション 7点
4→1,2→1,2,3,6,7

GOOD LUCK!

 

2018 『また会う日まで』柴崎友香(河出文庫) 感想

 2006年度三島由紀夫賞候補作。
 生まれ育った大阪に住み続け会社員をしている二十代後半の仁藤有麻(読みはユマ)が主人公。今は東京に上京しているが、かつて大阪の高校で同級生だった友人達と会うために一週間の休暇をわざわざとって遊びに行く。その七日間を繊細なタッチで描写していく。
 この東京旅行の最大の目的は、友達以上恋人未満のような妙な親しみがある存在だった鳴海くんに、高校の修学旅行の夜、言葉では言い表しがたい阿吽の呼吸のような、何というか心が通いあったような奇妙な感覚が一瞬間あって、その時に鳴海くんは本当は何を考え、どう感じていたかを確かめることだ。一応はこのことを明らかにしようという動機を軸にして小説が展開していく。
   
 柴崎友香といったら日常小説、と読まれるのだが本作の場合は厳密に言えば日常小説とは言えない。巻末解説の青山七恵もめざとく触れているように、大阪に拠点を置いて生活している有麻は東京に来てみればストレンジャーだ。有麻にとって東京という街は非日常空間であり、加えて大阪を離れて東京で暮らす友人達の暮らしぶりも有麻にとっては非日常的だ。あくまで有麻は旅の人であることを忘れてはならない。
 また柴崎友香はカメラアイの作家だともよく言われるのように、東京の風景、例えば都心の高層ビル街も、浅草寺や東京タワーといった定番の観光スポットも、何の変哲もない都内の住宅街も、全て旅の人の視線と感覚を通してしつこいくらい丁寧に描かれている。思えば東京一極集中のこの時代にあって、あえて遠くの土地の力を信じてサーガを紡いでいく中上健次阿部和重のような作風や、あるいは東京に住む若者を直球で描いていた吉田修一とも違った、意外に珍しい外部の人間の目が見て感じた東京が描写されている点も、本作の得難い成果であり魅力だ。
 
 東京という場所はもちろんのこと、過去とは違う今という時間を生きるかつての同級生達も、場所だけでなくて時間までも旅したような有麻の目には今まで知らなかったこととして映っている。
 もう高校時代のあの頃と同じではないという、至極当然だがその目で直接確かめなければわからないことを実感していく過程を書いたものだと言えなくはないか。
 実際、作中では過去を思い出すシーンが頻繁に出てくるように、本作のテーマは後ろ髪を引かれている過去にケリをつけることだろう。

 鳴海くんの家に泊まったりまでしたのに、修学旅行の夜の奇妙な一瞬のことについて尋ねることができたのは東京旅行の最終日となった。待たしただけあって有麻と鳴海くんの会話は長めに書かれているが、はっきりとした答えは語られていない。けれど二人の間でこの問題は解決したということはわかるのだ。
 というか二人の修学旅行の夜の感覚はどう頭をひねっても言語化できない微妙なものだし、読み終えた私もどうしてもうまく言えないのだけど、二人が何を納得しあったかは理解することができたし、それですっきりした読後感を得られたのだから不思議だ。
 また会う日がもしあるならば、今度は過去ではなく今を生きる者同士としての関係が始まるのだろう、そういう予感を覚えることができた。
 文章技法で言う所の故意の言い落とし、あえて核心を言わずに周囲を細かに書いて肝心なことを悟らせる、修辞学で言えば黙説法となるのだが、それが抜群にうまい気持ちの良い小説だった。

2018 『私の恋人』 上田岳弘(新潮社) 感想

 
 
著者 : 上田岳弘
新潮社
発売日 : 2015-06-30
 2015年度三島由紀夫賞受賞作。あの又吉直樹の『火花』と決選投票の末、これを退けて受賞した。
 
 エピグラフには『宇宙戦争』(著H・G・ウェルズ)からの引用がなされているように、SF的発想力を動力源とし、独自の人類学というか人類史解釈を交えた持論まで持ち出す壮大なスケールの世界観を構築し、と同時に現代文学らしい叙法・技巧の工夫――本作は複数の〈私〉を登場させるスタイルが採用されている――が掛け合わされた大変エキセントリックな小説で、又吉直樹を負かしただけのことはあると思うし、三島賞受賞作らしい小説だったと思ったし、もっと率直に言うとぶっ飛んでいるけど凄い小説で傑作と言ってよいだろうなと思えた内容であった。
 私的な事だがSF文学はちょっと不案内で、『宇宙戦争』はさすがに名前くらいは知っているが小説の方を読んでいないし映画化されたものも観ていないような有様なので、誤読が多少あるかもしれないが気にせず感想を書いてみよう。
 
 本作では《三段階》という現象が重要な役割を持っている。
 
 一通り、設定を書く。
 ●主人公の〈私〉だが、この〈私〉は2010年代の現在、三回目の人生を送っている。
 (1)一回目の〈私〉は、およそ10万年前に生きていた原始人であるクロマニョン人で、ほぼ全知に近い予知能力というか神に等しい頭脳を持っており、人類の過去、現在、未来のほぼ全てを予知していて、その様子を洞窟内に独自の文字を発明して書き残している。
 (2)二回目の〈私〉は20世紀前半にドイツで生まれたユダヤ人で、名をハイリンヒ・ケプラーと言い、ナチスによって強制収容所で虐殺された。ハイリンヒだった〈私〉は、クロマニョン人だった頃の〈私〉の記憶や予知能力や並外れた頭脳など全てを継承している。
 (3)三回目の〈私〉は、現代の日本人で、名を井上由祐(読みはユウスケ)と言い、会社員として生活してる。井上由祐としての〈私〉もハイリンヒと同じように、10万年前のクロマニョン人だった〈私〉、ナチスに虐殺されたユダヤ人のハイリンヒだった〈私〉の記憶や予知能力や並外れた頭脳など全てを継承している。
 
 ●ほぼ全知に近い〈私〉が、10万年前の一回目の〈私〉だった時、退屈紛れに想像した――予知でも予測でもなく願望した――理想の〈私の恋人〉、これがトリックスターのごとき役目を負う。
 10万年前の〈私〉が想像した〈私の恋人〉は以下のような条件と段階を踏む女性だった。
 (1)〈純少女〉、恵まれた肉体、美貌、頭脳を持ち、豊かな環境で育った彼女は他の人間達=人類にしてやれることをひたむきに探し、順次、実行していく。
 (2)〈苛烈すぎる女〉、純少女時代にやっていた事は甘かったとし、富や権力といった力が世界の不均衡を均す、つまり他の人間=人類を救うことになると思い立って行動するがやはり満足いかない。
 (3)〈堕ちた女〉、それまでの人助けをやめて呪術や祈祷に明け暮れるスピリチュアルな集団に入り、それらの儀式のために服用した幻覚剤で薬物中毒者となり男達に次々と輪姦され、相手にした数はゆうに百人を超し、倒錯的な快楽に溺れるも、やがてそのことにも疑問を持つ。
 〈私の恋人〉は三段階のそれぞれの転換点で「そうかしら?」と疑問を呈してまた別の道を探す。加えて『「今」でも「ここ」でもない場所、そこから私の身を案じている、優しい私の恋人』(p.20)と記される。あくまで予知ではなく〈想像〉した女性だということが本作を読み解く最重要なキーとなる。ほぼ全ての出来事を予測できる〈私〉にとって、唯一〈私の恋人〉の言動は予測が難しいと作中冒頭に書かれている。そもそも〈私の恋人〉は想像の産物であって、予知・予測したものではないので、いつ現れるかどうかも〈私〉には唯一わからないのだ。
 本作を一文で要約せよと言われれば「予知できない存在だが優しく、そして人類を救うであろう〈私の恋人〉に出会うために時代を超えた三人の〈私〉の旅」となるのだが、このことは最後のまとめで改めて述べたい。
 
 ●あともう一つ重要な《三段階》として〈行き止まりの人類の旅〉というサブプロットめいたものがある。これは秀才の家系に生まれた高橋陽平という元医者が独自に考え出したものだが、もちろんそれくらいはほぼ全知の〈私〉が既に予知している。その〈行き止まりの人類の旅〉は、冒頭に述べた人類学、あるいは人類史の独特な解釈による上田岳弘の持論を採用したようだ。内容は以下の通り。
 (1)一周目の〈行き止まりの人類の旅〉は、人類が生息地域を拡大し、地球上に遍く拡がった時を持って終わりとする。その過程においてネアンデルタール人クロマニョン人に殺戮、駆逐されて滅ぼされたといった事が起きた。この一周目は、10万年前の《一回目の〈私〉》の時代と合致する。
 (2)二周目の〈行き止まりの人類の旅〉は、地上全てを生息地域として収めた人類同士の争い、世界を最高効率で運用するルールを決める事とされる。ルールとはすなわちイデオロギーの類だ。大航海時代を迎えて発生する他民族を抑圧して支配する植民地政策、つまり支配側の民族、支配側の国家のイデオロギー=ルールを押し付けることが全世界で行われていく。ルールに従わせるために異なるルールを持つ部族、人種、国家は滅ぼされるか服従させられた。
 数々の戦争、帝国主義の勃興と二度の世界大戦における覇権争いの果てに最終的な勝利者イデオロギー=ルールが決定し、全世界を覆う。これは民主主義と資本主義というイデオロギー=ルールを持つアメリカが、その成果であるかのように、人類全てを滅亡させることも将来的に可能となる技術によって開発された原爆=核兵器を二発投下したことをもって終了したとされる。
 この二周目は、つまり第二次世界大戦時、枢軸国側と連合国側の覇権争いの戦争が起こった頃がハイライトとなるわけだが、これはナチスによって、絶滅させられようとしたユダヤ人という人種に生まれつき、実際、強制収容所に連行され、虐殺された《ハイリンヒという二回目の〈私〉》の時代と合致する。
 (3)三周目の〈行き止まりの人類の旅〉は、1995年のWindows95の発売をその出発点とする。この三周目の旅は2010年代の現在も進行中のもので、要はIT関連といったコンピューターの飛躍的な進歩を指し、やがて作中で〈彼ら〉と呼称される、恐らくはAIの事だろうが、人類の知能を超えたAIが、人類を征服して終えるだろうというもの。
 この三周目は、現代の日本人である《井上由祐という三回目の〈私〉》の時代と合致する。
 
 〈行き止まりの人類の旅〉の終わりの直前、節目節目に〈私〉が生まれているのは偶然ではない。三周ある〈行き止まりの人類の旅〉の終わりはいつでもバッドエンディングだ。血生臭いジェノサイドをもって行き止まりに達してしまうのだから。そうして、そんな時に〈私〉は三回も生まれ落ち、理想の〈私の恋人〉を想って止まない。
 
 だいぶ言及するのが後ろ倒しになったが、現代の日本人として生まれた《井上由祐という三回目の〈私〉》は、オーストラリア人のキャロライン・ホプキンスという美女と日本で出会い、交際しようとしている。というのも、キャロライン・ホプキンスは理想の〈私の恋人〉の条件を全てクリアした人生を歩んできており、三回も生まれ変わっては理想の〈私の恋人〉を追い求めた〈私〉にとって最初で最後のチャンスだからだ。
 おまけにキャロライン・ホプキンスは高橋陽平と〈堕ちた女〉から脱出する頃に知り合い、〈行き止まりの人類の旅〉の一周目、二週目を象徴するような場所をあたかも聖地巡礼するかのように経巡る旅に同行しており、はっきりとは書かれないが恐らく三周目の〈行き止まりの人類の旅〉の終末を予測している。これ以上ない理想の〈私の恋人〉候補なのだ。 
 
   *
 
 まとめに入る前に、冒頭で触れた叙法・技巧の工夫というのは、この三回の人生を送った〈私〉をめぐる有り様のことだ。
 本作は形式だけ見れば一人称の〈私〉の一人語りということになるのだが、読んでいる時の感覚としては三人称に限りなく近い。それもそのはず、語り手たる〈私〉は一回目の人生の時から全世界、全時間をほぼ見通せる超越者(神に近い存在)だ。神に近いとはすなわち、書き手たる作者のごとき存在であることを意味するが、しかしながらその作者的存在の語り手をあくまで作中の一登場人物たる〈私〉にあえて押し込めた。
 このことにより(ほぼ)全知の存在=神=作者の図式に意識的な書き手がよくやるメタフィクションの手法を自ら封じているし、そしてまた読み手側へもこの手の小説にありがちなメタフィクションとして読解することを巧妙に封じている。今までの文学理論を用いたテクスト分析は恐らく通用しない。よってうまく言い表せないが、新しいタイプの語り手の創出を目指したのではないか、と私は推測する。そうとしか言いようがない。
 作中に出てくる〈私〉とは、三回ある人生を総合して貫く一人の〈私〉であり、且つその時代の時間軸の叙述における行動主の〈私〉でもあって、一人の〈私〉でありながら三人分の〈私〉でもあるという、ひどく複雑な現象が起きている。
 《一回目の〈私〉》、《ハイリンヒという二回目の〈私〉》、《井上由祐という三回目の〈私〉》の三人分の〈私〉が〈私〉を外側から語っていて、三人称だか一人称だか断言できないのだ。この書き方は非常に刺激的であり、前衛的であった。
 単に壮大なスケールの世界観を持った、というだけならただのSF小説になる。そうではない事は、のちの芥川賞受賞作となる又吉直樹の『火花』を始めとする2015年度の三島賞の他の候補作、すなわち岡田利規の『現在地』、高橋弘希の『指の骨』(新潮新人賞受賞)、滝口悠生『愛と人生』(野間文芸新人賞受賞)らを退けたことが証明している。打ち勝った理由の一つにはこの刺激的で前衛的な叙法・技巧も当然、加味されただろう事は言うまでもない。
 
   *
 
 さて、ほぼ全知と注意して書いてきたのは、繰り返しになるが、予測できない唯一の例があるからだ。それは〈私の恋人〉の言動である。
 何でも予知し、予測し、知り得る〈私〉にとっては過去、現在、未来のほとんどはつまらない、何故なら結果がわかってしまうからだ。未来からタイムスリップした人間が結果を知っているギャンブルをやって勝っても楽しくはないのと同じことだ。
 しかし〈私の恋人〉だけは違う。〈私〉が願望し夢想した理想の〈私の恋人〉は〈純少女〉、〈苛烈すぎる女〉、〈堕ちた女〉の《三段階》のステップを踏むという条件があった。それをクリアした初めての女性であるキャロライン・ホプキンスは、最後の〈堕ちた女〉の時にでも「そうかしら?」と疑問を呈して、初の《四段階》目に達した女となるわけだが、10万年前から想い続けた〈私〉はその《四段階》目の女を予測できていない。そして〈行き止まりの人類の旅〉の三周目にある現在においても、〈私〉はその先を予測できていないのだ。三周目の次のフェーズに移行できるのは「そうかしら?」と疑問を呈して、今や《四段階》目の女になったキャロライン・ホプキンスだけだろう。
 全知に近い存在の〈私〉の予測も限界を迎えるが、その先まで行けるただ一人の女であるキャロライン・ホプキンスは終盤においては、まるで人類が希求する救世主メシアのように、全世界を包み込むような慈愛を持つ聖母マリアのように書かれていく。
 だからだろう、エピローグめいた部分での〈私〉が〈私の恋人〉に必死に語りかける様子は切実極まりないのだ。三周ともバッドエンディングを迎える〈行き止まりの人類の旅〉、しかしその次の四周目まで挑める《四段階》目の女となった〈私の恋人〉はこの時にあっては、〈私〉にとって、人類にとって、眩しい光として尊く、強く、美しく、そして愛おしい存在として描き出されているのだ。

2018 予想 第20回阪神ジャンプステークス(J・GIII)

 障害レース戦線も秋を迎えて、暮れの大一番である中山大障害にむけて動き始めるのだが、先陣を切るのは阪神障害コース3140mで施行される阪神ジャンプステークスである。
 コース傾向としてはとにかく前有利で、それぞれ位置取りが決まって縦長になった時に、7番手辺りにはいないと厳しい、というものがある。
 もう一つに阪神ジャンプステークスという障害重賞の傾向もあり、これがなかなかはっきりしていて、まず1番人気は過去10年3着以内率100%、勝ち負けになるかは別として1番人気が馬券圏内から外れることはない。で、1番人気が必ず絡むなら固い決着が多いのかというと、実は違うという所がこのレースの面白いポイント。4番人気以下の伏兵が絡むケースが多いのだ。1,2,3番人気で決まった年は過去10年で一度もない。
 軸は1番人気、そしてヒモの方は波乱が起きることを期待して、なるべく網を広めに投げておきたい。思わぬ高配当(障害重賞にしては、だが)がとれるかもしれないのだ。

 

3連複フォーメーションを想定
◎4アップトゥデイト
 もはや語ることもないと思うが、1番人気は確実で、馬券にはほぼほぼ絡むと見てよいはず。小倉サマージャンプでも言及したことだが、やはり勝ちを取りこぼしやすく、アップトゥデイトは去年の阪神ジャンプステークスは勝っているものの、一昨年つまり2016年の阪神ジャンプステークスは2着とやっぱり勝ちを取りこぼしている。脚質も理想的でこのメンツなら楽に勝ってもらいたいものだが、3連単馬単で1着固定は意外と危険だと思った方がよいだろう。

 

◯2マイネルフィエス
 こいつが小倉SJで落馬しなければ私の馬券も当たっていたはずなのだがそれはさておき、やや後方から攻めるタイプではあるが、馬券圏内には十分届くし、実際にそういった戦績となっている。2017年の阪神ジャンプステークスでは3着だった。アップトゥデイトの次点となるとやはりこの馬だろう。
▲7シゲルクロカジキ
 障害重賞初挑戦となるが、本レースのメンツを眺めるとこの馬はそれなりに実績がある、と言える。長らく障害未勝利から脱せずにいたが、今年の3月に阪神障害コースで初勝利、続く阪神の障害OPで3着、前走福島の障害コースで行われた障害OPを差し切り勝ち。阪神の障害コースと相性が良さげな点も好材料だ。もしかしたらアップトゥデイトを倒すのはこの馬かもしれない。

 

△3メイショウダッサイ
 前走の小倉の障害未勝利戦の勝ち方、二番手追走から1と1/4馬身離した点を評価しておさえ。
△6サムライフォンテン
 昨年の10月に障害未勝利を脱してから中山大障害中山グランドジャンプなど強気に使ってきて結果こそ出てないが、重賞レベルのレースの場数を多く踏んでいる点を評価した、良い感じの人気の無さで、この穴馬が来てくれたら嬉しい。このメンツならば、障害未勝利を勝ち上がった直後の馬たちよりは信頼性が高いと思っている。
△8シゲルスズキ
 シゲル軍団の人気のない方の馬だが阪神の障害コースで障害未勝利を脱した点、あとは小倉サマージャンプで3秒以上離されたが11頭中の6着という点、前走も小倉の障害OPを4着している点を評価。3着に食い込む可能性は十分ある。
△9ラヴアンドポップ
 2歳時の際にはコスモス賞を勝ち、札幌2歳Sでは4着、その後は低迷して障害戦に活路を求めてきたタイプなので、若かりし頃の平地実績も加味して、おさえておきたい。

 

買い目 3連複フォーメーション
4→2,7→2,3,6,7,8,9 の9点。

GOOD LUCK!!