読書と競馬

競馬は文学である

2017 予想 第20回富士ステークス(GIII)

 マイルチャンピオンシップの関東の前哨戦である富士S(GIII)。しかし良く降る雨である。府中では明日も降雨らしい。金曜時点で重馬場発表、悪くなる事はあっても良くなる事はないだろう。
 というわけで道悪を得意にしている馬を評価していきたい。また荒れるレースとして有名なので、手広く買っていく。

 

◎11グランシルク
 馬場状態の悪い時に出走する事が多かっただけかもしれないが、稍重、重の経験と好走は今回のメンツの中では一番多い。勝ちきれないが堅実な馬で、掲示板外は3回しかない。特に2017年はニューイヤーSから前走の京成杯オータムHまで全部3着内。まさに不動の軸馬である。

 

△1サトノアレス
 昨年の朝日杯馬。やっと得意のマイル戦。能力は間違いなくあるのだが、前走重馬場の函館記念で案外だったのが気がかり、ヒモに。
△4ガリバルディ
 前走京成杯オータムH2着、昨年の当レース5着馬、中京記念で重賞馬になっている。ムラッ気のある馬でいつ好走するかわからないので入れておく。
△5ペルシアンナイト
 デムーロ鞍上が心強い。この馬もマイラーで、皐月賞2着はよくぞやったという感じ。重馬場はシンザン記念で経験し3着。極端に嫌う方ではないようだ。
△6エアスピネル
 この馬もマイラーである。生涯一度も掲示板を外した事がない(6着以下がない)という、超堅実派。軸にしようか迷ったが渋った馬場の経験が浅いためヒモへ。
△8ロードクエスト
 マイル重賞2勝、NHKマイルC2着。早熟説が流れているがまだまだ見限れず。
△10クラリティシチー
 道悪の鬼かどうかは疑問だが3走前の不良馬場の都大路S2着を評価。重賞好走の経験もあり、前々走エプソムC4着がある事から格負けはしていない。

△15イスラボニータ
 いまさらこの馬の輝かしいキャリアを列挙しても仕方がないのでしない。ただただ大外枠が悔やまれる。昨年の当レース2着馬。

 

買い目 3連複1頭軸7頭流し
11―1,4,5,6,8,10,15 の21点。
GOOD LUCK!!

 

 

2017 予想 第21回シリウスステークス(GIII)

 シリウスS(GIII)。舞台は阪神ダート2000m。ハンデ戦
 凱旋門賞スプリンターズSがあるけども、あえて土曜のダート重賞を予想するのがこのブログ。
 さて、阪神ダート2000mは好位差しがよく決まる印象。先行からの抜け出し、やや前目に位置をとった馬の差し。追い込みはさすがに厳しいけれどもマクって4角で良い位置まで上げられればなくはない。ということで、先行馬を中心に見ていく。

 

三連複フォーメーション

1列目
◎6マスクゾロ
 前年の当レースを逃げ切り勝ち。その後は色々あって、名鉄杯も出走取消したりと順調ではなかったけれど、前走を新潟のOPのBSN賞でしっかり叩いた。着順も2着と復帰戦としては上々。ようやく態勢が整ったという所。今回も恐らくは逃げか番手の競馬をするはず。というかあまり積極的に前に行く馬が見当たらない。何かに差されて2着というのもありそうだが、安定感があって軸に最適。

◯12ミツバ
 前走の盛岡、マーキュリーCで重賞馬に。脂が乗ってきたか。横ノリが逃げの手に出た衝撃的なブラジルCが記憶に新しいが、あくまで差し馬勢の筆頭として対抗に。アンタレスS阪神ダ1800m)は11着だが実は前年の当レースを上がり最速の脚を使って4着している。あとは、同じ舞台のベテルギウスSを制していて、このコースを苦にしていない点は良いと思う。中団辺りで控えてくれれば馬券内、大いにありうる。

 

2列目
▲3モルトベーネ
 鞍上デムーロ。今年のアンタレスS阪神ダ1800m)の覇者。勝ち方も強く、一度叩いていれば本命、対抗にする所だが五ヶ月半の休み明けがどうでるか。鉄砲よりも2走目の方が走る馬だけに、単穴に下げた。軸で買うのは次走だろうと思うが、能力と鞍上で馬券内はありそうだな、と。

☆13ピオネロ
 ミツバのマーキュリーCの2着馬。勝ちきれないから何かが足りない馬なのだろう。しかしながら重賞2着が続いているおかげで(?)、ハンデ戦の本レースでは56kgとなった。他の有力馬がだいたい57.5kg背負わせれているのを見ると買いたくなる。昨年の当レース2着。

 

3列目
△5ドラゴンバローズ
 前走の準オープンが強い勝ち方。前走条件戦組は結構来る、というデータになっている。ハンデ戦なので、斤量が軽いからだろう。現にこの馬は54kgだ。

△11マインシャツ
 前走の阿蘇S(OP)で4着は切るほどではない、拾える。強力な末脚が自慢の馬なので着拾いに徹すれば。前走上がり最速。

△15トップディーヴォ
 前走のBSN賞でOPを初勝利。それなりに前に行く馬だろうし、今回のメンツを見ると、確たる逃げ馬はマスクゾロくらいなので2番手で折り合ってそのまま、が理想。鞍上が変な事を考えなければ。

 

買い目
三連複フォーメーション
6,12→3,6,12,13→3,5,6,11,12,13,15 19点。

GOOD LUCK!!

2017 昔書いた多分書評 ハリガネムシ(吉村萬壱)

データ整理で出てきた中でまだ読めるものをなるべくup

 

2011/08/20

 ハリガネムシの、全体的の総括としては隙のない小説で完成度が非常に高い。文章文体にも特段文句を言えるものもなく、むしろ小説というものにこなれた様子すら伺え、近年の芥川賞受賞作品では質の高い方だ。それら描写の筆致の運動はむしろ正統派と言っても差し支えないしっかりとしてズッシリしたものがある。この作品に文章上ないし文体上の非難はやりづらい。確実に上手いからだ。

 では内容は、というとセックスとバイオレンスとインモラルが中心核になっており、その描き方に若干の新しさがあったかもしれないが扱った主題は1970年代後半から既に純文学の世界にあったもので、描写に隙はないものの、突き詰めて今までにない深化あるいは模索があったかと問われると疑問が湧く。作中の設定として1986~1987年としてあり、もしやすると新風を吹きこむという意識が作者になかったのかもしれないという邪推まで出来る。

 これを文学たらしめているのは、ひとえに小説全体を覆う氷のような冷ややかな視線である。心理に深く分け入らなかったのは正解でそれをした途端B級映画のようになったろう。そういった冷ややかさの他人行儀がありながら、湿気があるのか重苦しく脳味噌にまとわりついてくる感覚を覚えた。決して軽くあしらわせない、という作者の意図にわかっていながら術中にハマっていくようにすら思えた。

 

 ではこれが何故に芥川賞を取り得たかという問題に移る。この小説は言ってしまえば新しくない。テーマ以前に文体に新しさがない、中堅の作家が書いたと言われても疑えない成熟さがあるが、その成熟さは過去の文学に根を置いている。ゆえにこれ以上の進展があるかと思ってしまう。ここが一つの到達点で、書き慣れたこの筆致を変に動かすのも良くないだろう。そういう意味合いにおいて良くも悪くも新しさがない。

 内容に関して言えば、セックスとバイオレンスとそれを支えるインモラルに多くの場面で小説内での第三者の視線を持ち込み、その視線が主人公らへ迎合も賛同もしない、咎めるものであった点は新しいか、あるいは珍しいだろう。徹底的に堕ちてゆかれてない、つまり葛藤が作者的には意図的に、作中としては主人公らに無自覚に発生しうる。その点は題名にまで採用したハリガネムシにも表れている。一連の無軌道さは、比喩としてのハリガネムシの力の介在に頼らざるを得なかった。その辺りを意識すると、彼らはひどく弱いのである。

 と、いう風に個人的見解をつらつら述べつつ、選考に目を移すと受賞に真っ向から反対したのは宮本輝だけである。彼は文学の選考委員としてやってはいけない倫理道徳の立場から批判してしまった。これはいけない、文学はいつの時代でも常にそれを破っていってこそであって、この言い分を認めると退行現象が起きる。よって話にならない評だ。

 実際、このようなセックスアンドバイオレンスとインモラルを作品全体の中心核に据えて、上手く書かれると古い古くないという調子でしか言及できない。それは文学というものが常に常識や既成価値観を突破しなければならないという大前提を全選考委員が重々承知だからだ。

 受賞の理由は、芥川賞という特異なこの文学賞の機能にある。時代の鏡として、良かれ悪しかれ新しい風を推奨するという機運のこの文学賞は、時代を写す鏡の一方で時代を規定する側面も同時に持ち合わせる。何はともあれ、受賞作を純文学として称揚するので、ある表現を推進する機能も取れれば、打ち止めする機能も持っている。

 説明しなおすと「この小説に賞をやったのだから、もうこの手の小説にはやらない」という警告として読み取れる向きがあるのだ。しばらくというか、この2003年第129回芥川賞まではこの手の刺激物を認めてきた感はある。が、以降はやや受賞作に毛色が違ってきたと感じる。つまりセックスアンドバイオレンスをここで一旦打ち止めにしたわけだ。

 正味な話、性や暴力のその克明な描写等々は小説という表現媒体の中で完全に追い払うのは無理だろう。何故なら世界に溢れている事象であり避けてばかりもいられないからだ。だがそれを本テーマに据えてじっくり描く、という姿勢及び流れは第129回芥川賞が断ち切った、これが本作の受賞理由の裏側に思える。

2017 予想 第52回札幌2歳ステークス(GIII)

 札幌競馬場、最後の重賞は2歳中距離重賞、札幌2歳ステークス(G3)
 せっかくの土曜重賞なので、2歳戦は不得意だがやってみよう。さすがに開催が進んできたので、小回り洋芝と雖も、先週の札幌の芝は差しが意外と決まっていたような覚えがある。
 芝1800m戦は最初のコーナーまで185mで、小回りという事もあり、一応のセオリーとしては内枠有利、先行有利となる。
 未勝利戦組はあまり信用しない。全部切るのは乱暴だが、重賞で通用する力があれば新馬戦で決めているはず。他、カク地(地方馬)は穴になるのでおさえておくと幸せになれます。

 

3連複フォーメーション
一列目
◎10クリノクーニング
 オルフェーヴル産駒。前走函館では終始三番手をキープし、抜け出す際の上がりも素晴らしく時計は最速。このレースにも出走するカレンシリエージョを1馬身半離した。そのカレンが未勝利戦にまわって凄まじいパフォーマンスを見せたのでなおさらこの馬の評価が高くなるのは当たり前だ。馬番10番がちょっとネックだが、まあ大外よりはマシだろう。ハナに行くわけでもないし、外目から被せるように3,4番手辺りで先行できる。

 

二列目
◯11ロックディスタウン
 鞍上は札幌で好成績をマークしているルメール。前走は新潟芝の外回りとはいえ、上がり3ハロン32.5秒は脅威。軸にしなかったのは洋芝がどうなのかわからなかったから。
▲1シスターフラッグ
 母のミラクルフラッグの母、つまり母母にポイントフラッグがいるので近親ゴールドシップとなる。新馬戦では上がり3ハロン一番の35.1秒で、二番は35.6だからこの馬だけ圧倒的な脚を使っていた事になる。最内、札幌得意の岩田。買い。
☆4カレンシリエージョ
 本命馬の所でも触れたけど、前走の未勝利戦は2着に8馬身離す大楽勝。鞍上が池添なのもプラス材料。全姉にアドマイヤリードがいる血統。
☆7ダブルシャープ
 カク地の門別の馬だが前走のクローバー賞勝利。意外と札幌2歳Sはカク地が来るので、前走を中央競馬で勝っているのならそれなりに信用していいはず。大抵の人はカク地を切っちゃうので中穴になる。3着内に入ってくれると嬉しい。
 

三列目
△3ミスマンマミーア
 こちらも地方馬。前走のコスモス賞2着はクビ差で、タイム差なしと通用している。穴として面白い。
△6コスモインザハート
 前走新馬勝ちは全頭おさえておいた方が良いだろう。
△14ファストアプローチ 
 大外枠が非常に痛く上の印をつけられない。前走の未勝利戦では5馬身差つけた圧勝なのでおさえはするが。

 

 

買い目
3連複フォーメーション
10 ― 1,4,7,11 ― 1,3,4,6,7,11,14
の18点。

 

夏競馬最終週を楽しみましょう。
GOOD LUCK!!

2017 予想 第19回新潟ジャンプステークス(J・GIII) 新潟(土)8R 3250m

 新潟の障害コースは、設置される竹柵障害の間隔が長く、差しで決まらない。とはいっても穴としては通じる。1,2,3着全てが先行で決まってしまう場合もあるが、やはり1頭は脚質差し追い込みやマクリが入ってそれなりの配当を演出してくれる。如何に差し馬を馬券に組み入れるかのレースと言えそう。

 

3連複軸1頭相手7頭流し

◎3グッドスカイ
 新潟障害は、障害未勝利戦を勝ち上がった思い出の地。他、前々走のオープンも新潟障害で3着。前走の東京ジャンプステークスでは2着。阪神スプリングジャンプ以外では全て3着内を確保している。中山のJGIクラスで勝負できるかはわからないが、手薄な夏の障害重賞でなら好戦必至といった様相。先行脚質だがハナに拘るわけではなく、多少の融通は効く。今回も仮に勝てなくともしぶとく3着内は確保するだろう。軸に最適。

 

以下、全部ヒモ
△2メイショウアラワシ
 昨年の中山グランドジャンプで3着がある。近走では障害オープンで3戦連続で4着と煮え切らないが3着候補なら。
△5タナトス
 問題は一年間の長期休養明け。叩きと見ても差し脚質の中では実績がある方。おさえる。
△6ラステラ
 脚質は先行。勝ち負けには加われないと思うが障害オープンを2勝、その内一つは新潟障害によるもの。
△7ツジスーパーサクラ
 前々走で新潟障害のオープンを勝利。前走で一叩きした。中団に構える形かと思われる、中穴。
△8リスヴェリアート
 前走の休み明けは中京の障害オープンで勝利。マクリであって問題は自分から積極的に動いていけるか。鞍上は勝手を知った北沢なのでおさえる。
△9ホーカーテンペスト
 障害オープンで好成績を残してきた馬、相当に期待されるはずで人気上位は確実。きちんと印をつけるなら対抗評価にしただろう。崩れるのかさらに強さを見せるかわからないが、休み明けと障害重賞初挑戦を鑑みて軸ではなくヒモへ。
△11ハギノパトリオット
 新潟障害の巧者。脚質は差しかマクリ。今までの勝ち方が派手だった分の人気の仕方はするだろうけど東京ジャンプステークスの内容に不満だ。こちらもちゃんと印つけるなら単穴評価になると思う。3番手ね。

 

3連複軸1頭相手7頭流し
3-2,5,6,7,8,9,11 の21点。
GOOD LUCK!!

2017 予想 第53回札幌記念(GII)

 一ヶ月ぶりくらいの更新。どうもこの夏は忙しいのだが、せっかくの夏の祭典なので芝レースだけど札幌記念を予想しよう。

 土曜の札幌の芝は、小回りという特質も手伝っているのだが断然先行有利。チョイ差しは決まる。むろん、洋芝適性も重要な要素だ。函館、札幌での実績は評価していきたい。

 

 三連複フォーメーションで予想。
一列目
◎6タマモベストプレイ
 短距離一族母ホットプレイから出た突然変異のステイヤーで、もしかしたら丹頂Sが目標かもしれない。が、恐らく函館記念でも同じような事を考えて外した人が多いはず。
 若き三歳の頃であればシンザン記念3着、きさらぎ賞1着、スプリングS2着と中距離でも重賞実績はあったのだ。とすれば前走函館記念2着はフロックとも思えない。距離に目をつむれば洋芝適性、特に札幌適性が異様に高い。必ず先行する脚質は強力な武器になる。
◯3ヤマカツエース
 徐々に力をつけ、今やGIの一つくらいは勝てそうなものだといった所まで這い上がってきた馬だけに、この札幌記念は秋競馬の叩きだろう。だとしても有馬記念4着、大阪杯3着、金鯱賞連覇など実績はじゅうぶん過ぎる。
 洋芝はどうなのかというと、少し微妙。15年に函館記念3着好走。札幌記念は今年で3年連続の挑戦で4着、5着。能力でこなしているだけで洋芝が得意とは言えなさそうだが、この馬、脚質は自在。池添含めた陣営が位置を取りに行く作戦なら勝って全然おかしくない。

 

二列目
(本命、対抗に加える形で)
▲5マウントロブソン
 前走福島テレビOP(オープン特別)で見事に長期休養明けを勝利スプリングS勝ち馬であるように好走は中山、小倉、福島と小回りを得意としている。函館や札幌の出走経験がないため適性があるか未知数だが、鞍上モレイラが前につける競馬をするだろうから期待できる。しかしながら騎手人気しているきらいはある、本命対抗級ではない。
☆11アングライフェン
 前走、前々走を重視して。巴賞2着、函館記念4着。洋芝が合っているのだろう。函館記念にしてみれば2着~5着まで2:01.4の時計で並んでいる。勝ったルミナスウォリアーと0.2秒差。人気はないはずだから馬券内に入るだけで配当が跳ねる。

 

三列目
△7サウンズオブアース
 実績で言えばこの馬が抜けているだろうが、海外帰りだけにこの馬もここは秋競馬への叩き。洋芝も出走した経験なく未知数、鞍上からして本気で走らせる気があるか微妙である。馬は頑張っているだろうが鞍上にも頑張ってもらって良い位置をとってレースを進めて欲しい。
△9ディサイファ
 8歳となり、旬が過ぎた感はあるが洋芝は得意。昨年の当レース覇者。見限れない。
△13エアスピネル
 期待される素質馬で実績馬でもあるが、どうもパッとしない所がある。洋芝もこれが初出走だしわからない。重賞で好走を続けてきており掲示板を外した事がない堅実さから連下にはおさえる。

 

買い目
3連複フォーメーション
3,6→3,5,6,11→3,5,6,7,9,11,13
の19点。

GOOD LUCK!!

2017 昔書いた読書感想文 Part2 犀星、柳田、ヘミングウェイ、中上

 前記事の続き。青臭すぎるのは退けて、まだ読めるものを紹介。

 

或る少女の死まで―他二篇 (岩波文庫)」
室生犀星 岩波書店 693 円
読了(2013-05-17) ☆☆☆★
たとえば犀星を専門にする人は、どのようなものであっても欠陥を認めつつも容赦をしたり擁護してしまうだろう。それは作家への愛だ。作品、テクストへの愛ではない。
心境小説にもなりきれてない小説としての処女作「幼年時代」を私は諸手を挙げて評価できない。ただ、詩人を志し、まさに詩人としての立ち位置を得た犀星という作家の特有さが、文章の表現力に、感じる表出の情感と連なりに、ある一定の、ハナから散文の小説家だった人間にはできない芸当をやってのけていることは事実としてある。
それはいいとして、むしろ面白いのは、初期自伝三部作として配置された三作品が、まさに次作へ次作へと小説的に進歩している姿が興味深かった。作家伝をやる人には当然「幼年時代」が価値あるのだろうが、小説として優れているのは「或る少女の死まで」だ。こちらは読み手を飽かさせない技量がある。

 

「不幸なる芸術・笑の本願 (岩波文庫 青 138-5)」
柳田国男 岩波書店 693 円
読了(2012-10-21) ☆☆☆☆★
これはなかなか面白かった。柳田を昔話の蒐集家だと決めつけている人がいたら損である、柳田学入門の新書でも読めばわかるだろうが、柳田民俗学日本民族文化歴史学とでも言うようなもの。加えるなら柳田は詩人として出発し花袋や独歩と友人関係にあった広義の作家に近い人であるから、柳田の文化論は文芸論になりうるのである。本書がまさにそう。
さて、本書に収められた二つ、順序は「笑の本願」と「不幸なる芸術」でこの配列は正しい。主題目は「ワライ」から「ウソ」「ヲコ」へと続いていく。まず「笑の本願」の始めの方から、笑うという行為が非常な攻撃性を主としたものであるということを説き起こす。全く私にはこういう考えがなかったから目を覚まされた思いがした。一般に笑うのは楽しいからおかしいから愉快だから、であって、テレビをつければ笑ってくれという番組で溢れている。
しかしよくよく考えればこれは笑いの攻撃性の無化の成果なのだと思う。柳田曰く、笑う者は優位に立ち、笑われるものは劣位に立たされた。笑われるものは相当な精神的損害を被り、恥辱、屈辱の限りを味わって圧倒的な敗北感に沈められるのである。これが敵味方に群衆が分かれていれば笑いによって闘争が起こっていると言える。笑われるものは言うなれば哀れな者であるから、「吉」や「彦」を名にもつ者を主人公にした一村落に伝わる笑い話の場合、別の村の「○吉」「○彦」は~という形で別の離れた共同体、村の馬鹿者の話として伝わっていく。笑いは攻撃だからである。もし同村落内に笑いの対象が生ずるとすれば、それは村八分された、排斥された者という事になろう。それを現代に置き換えればこの頃また騒ぎ出したイジメ問題なのである、あれは笑いの原始的な性格である攻撃性が発揮されたがゆえの悲劇であろう。
笑いが多分に攻撃性を含み、刀剣に勝る武器たりえた一方で、人類は笑いを求めた。笑い話を作る際、作中で笑われるものはダメージを負うのだから、ただおかし楽しい笑い話を作るにはウソが要った。そのウソの効用は~、と続いていく。ちなみにヲコは馬鹿の事であってこの単語の意味と用法の変遷も説いている。が、解説の井上ひさしも言っているように柳田はヒントと実例だけ語っておいてこうこう、こうである、と結論してくれない。ああ、なるほど、すごいや、とこの本を読んでいて何度となく感嘆して、さてどうまとめてくれるか? と期待して読み進めると他の周辺へいつの間にか文意は移っている。
食えない人間だと思った次第だが、笑いという事象やウソの考察は優れていて独創的である。創作をする人は読んでおけば得になると思う。特に「笑う」という状況を創作散文の中で従来通りのシチュエーションでしか使えていなかった人にとっては何がしかのヒントになるだろう。

 

「われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫ヘミングウェイ全短編)」
アーネスト ヘミングウェイ 新潮社 740 円
読了(2011-10-04) ☆☆☆☆☆
ヘミングウェイ全短編の1、高見浩訳。「われらの時代」「男だけの世界」を作品集題に据えた30編ほどの短編から成立する。とりわけ「われらの時代」の合間にカットインされるスケッチの描写も入れると収録された文章は非常に多い。パリ時代、ヘミングウェイ初期の全てを読み込むのにうってつけの短篇集だ。
ヘミングウェイのその小説の特徴、中でも短編に強く表れる「省略」「強調」「氷山の理論」の造成と練磨の過程が窺い知れる。一等重要なのは氷山の理論で、氷山は海面上に見えるのはわずか20%に満たない。重要なのは海中に隠れた80%である、と。簡潔にして深みのあるこの文体はハードボイルドという文芸用語で語り継がれていくがやはり現物にあたった方がいい。
それからやはりヘミングウェイは男のための文学だ。彼の表面上の題材は、戦争、釣り、闘牛、競馬、格闘技等々だ。男どもが血を沸き立たせ、時に涙するほどの感動に包まれる男の趣味嗜好をここまで上手く書ききる作家は古今東西探しても滅多にいない。
各短編をよく登場するニック・アダムスの成長ストーリーとして読むのも可能だが、私は単にヘミングウェイの分身の少年としてだけ捉え、短編一つ一つを独立させ味わった。
文体の簡潔さと氷山の理論から、語り口もストーリーも何も難しい事はないのに、味わおうとすると、いやどういう小説なのかと解釈しようとすると非常に読み手に頭を使わせる小説ばかりだ。だからきっと読了するのに時間がかかる。だが読み終えた後に、他の作家が如何に文章や筋書きを肥え太らせていたかがわかるだろう。肥満は醜悪である。
個人的に特に気に入ったのは「インディアンの村」「三日吹く風」「ファイター」「兵士の故郷」「ぼくの父」「破れざる者」「白い象のような山並み」「五万ドル」「十人のインディアン」である。

 

「讃歌―中上健次選集〈8〉 (小学館文庫)」
中上健次 小学館 880 円
読了(2012-08-14) ☆☆☆☆★
かくも哀しきや、中上よ、と思わず印字された文字に文章につぶやきたくなる。どのような批評用語であっても構わぬ、トポスでもよい、磁場でもよい、あるいはストレートに新宮市の架空化された路地でよい。もう路地は本当にないのだと、こんなに切なく書く必要が本当にあったのか。
物語は正史とでも言うべき時間軸に沿っていて、「地の果て」以降の路地解体ののちの後日譚たる「日輪の翼」の続編となる。これ以降は未完作である「異族」へと繋がる。
「日輪の翼」のツヨシはイーブと名前を変え男娼稼業をしている。徹底的に自己を性のサイボーグだと言い聞かせ、どんな年増女だろうと、たとえ同性であろうと性を売る。秋幸三部作以降の中上における性描写は官能の度合いを強めるのと反比例するように記号性が高まる。この作においてもそうで、中上が同性愛性交から輪姦までおよそ描けるもの全てを描写するが何処か乾いていて、路地よ、オバよと泣いているように見える。
路地=被差別部落地区の実際上の解体のあと、中上は新たな路地的トポスを探すのだ、と思った。それはこの作の前半~中盤にかけてのもとは赤線であった新宿二丁目というゲイエリアが疑似的路地に近いものを感じさせるからである。そう読ませようという意図があるとしか思えない。ここのオカマバーのママどもはマジックリアリズムにありがちな、閉鎖性を含んだ特定地区の中でソース未確認の噂=口承の拡散を行っている。不確実な言説の広がれる場所、周囲から異化されたような地区として新宿二丁目を機能させてもよかったろうに、やはり夏芙蓉を見つけ出してしまい、「日輪の翼」で姿を消した3人のオバを見つけてしまう。オバらは路地なき今、天子様のいるこの東京で死にたいと言う。書かれた年月日は87年。先の昭和帝の御世である。同じく「日輪の翼」以降、男娼に転じたターこと田中さんも合流し、熊野弁が飛び交う懐かしいダイアローグが展開される。だがターはイーブに何度となく問う。どこへ帰る? どこへ行く? イーブは明確に答えられない。三人称である以上、これは書き手中上が答えられないのと同義だ。かくして折角見つけたオバらを再度見失い振り出しに戻り、標準語を操り再度サイボーグ化したイーブは、路地でないここではマシン化して生きるほかないというように男娼稼業へ戻ろうとする。
もうこれ以上、路地に関わる事はできない。書き手は近づく死を知ってか知らずか、また新しい物語を探しに旅立つために、ここにピリオドを打って新しい小説へ向かう。