読書と競馬

競馬は文学である

2017 予想 第53回札幌記念(GII)

 一ヶ月ぶりくらいの更新。どうもこの夏は忙しいのだが、せっかくの夏の祭典なので芝レースだけど札幌記念を予想しよう。

 土曜の札幌の芝は、小回りという特質も手伝っているのだが断然先行有利。チョイ差しは決まる。むろん、洋芝適性も重要な要素だ。函館、札幌での実績は評価していきたい。

 

 三連複フォーメーションで予想。
一列目
◎6タマモベストプレイ
 短距離一族母ホットプレイから出た突然変異のステイヤーで、もしかしたら丹頂Sが目標かもしれない。が、恐らく函館記念でも同じような事を考えて外した人が多いはず。
 若き三歳の頃であればシンザン記念3着、きさらぎ賞1着、スプリングS2着と中距離でも重賞実績はあったのだ。とすれば前走函館記念2着はフロックとも思えない。距離に目をつむれば洋芝適性、特に札幌適性が異様に高い。必ず先行する脚質は強力な武器になる。
◯3ヤマカツエース
 徐々に力をつけ、今やGIの一つくらいは勝てそうなものだといった所まで這い上がってきた馬だけに、この札幌記念は秋競馬の叩きだろう。だとしても有馬記念4着、大阪杯3着、金鯱賞連覇など実績はじゅうぶん過ぎる。
 洋芝はどうなのかというと、少し微妙。15年に函館記念3着好走。札幌記念は今年で3年連続の挑戦で4着、5着。能力でこなしているだけで洋芝が得意とは言えなさそうだが、この馬、脚質は自在。池添含めた陣営が位置を取りに行く作戦なら勝って全然おかしくない。

 

二列目
(本命、対抗に加える形で)
▲5マウントロブソン
 前走福島テレビOP(オープン特別)で見事に長期休養明けを勝利スプリングS勝ち馬であるように好走は中山、小倉、福島と小回りを得意としている。函館や札幌の出走経験がないため適性があるか未知数だが、鞍上モレイラが前につける競馬をするだろうから期待できる。しかしながら騎手人気しているきらいはある、本命対抗級ではない。
☆11アングライフェン
 前走、前々走を重視して。巴賞2着、函館記念4着。洋芝が合っているのだろう。函館記念にしてみれば2着~5着まで2:01.4の時計で並んでいる。勝ったルミナスウォリアーと0.2秒差。人気はないはずだから馬券内に入るだけで配当が跳ねる。

 

三列目
△7サウンズオブアース
 実績で言えばこの馬が抜けているだろうが、海外帰りだけにこの馬もここは秋競馬への叩き。洋芝も出走した経験なく未知数、鞍上からして本気で走らせる気があるか微妙である。馬は頑張っているだろうが鞍上にも頑張ってもらって良い位置をとってレースを進めて欲しい。
△9ディサイファ
 8歳となり、旬が過ぎた感はあるが洋芝は得意。昨年の当レース覇者。見限れない。
△13エアスピネル
 期待される素質馬で実績馬でもあるが、どうもパッとしない所がある。洋芝もこれが初出走だしわからない。重賞で好走を続けてきており掲示板を外した事がない堅実さから連下にはおさえる。

 

買い目
3連複フォーメーション
3,6→3,5,6,11→3,5,6,7,9,11,13
の19点。

GOOD LUCK!!

2017 昔書いた読書感想文 Part2 犀星、柳田、ヘミングウェイ、中上

 前記事の続き。青臭すぎるのは退けて、まだ読めるものを紹介。

 

或る少女の死まで―他二篇 (岩波文庫)」
室生犀星 岩波書店 693 円
読了(2013-05-17) ☆☆☆★
たとえば犀星を専門にする人は、どのようなものであっても欠陥を認めつつも容赦をしたり擁護してしまうだろう。それは作家への愛だ。作品、テクストへの愛ではない。
心境小説にもなりきれてない小説としての処女作「幼年時代」を私は諸手を挙げて評価できない。ただ、詩人を志し、まさに詩人としての立ち位置を得た犀星という作家の特有さが、文章の表現力に、感じる表出の情感と連なりに、ある一定の、ハナから散文の小説家だった人間にはできない芸当をやってのけていることは事実としてある。
それはいいとして、むしろ面白いのは、初期自伝三部作として配置された三作品が、まさに次作へ次作へと小説的に進歩している姿が興味深かった。作家伝をやる人には当然「幼年時代」が価値あるのだろうが、小説として優れているのは「或る少女の死まで」だ。こちらは読み手を飽かさせない技量がある。

 

「不幸なる芸術・笑の本願 (岩波文庫 青 138-5)」
柳田国男 岩波書店 693 円
読了(2012-10-21) ☆☆☆☆★
これはなかなか面白かった。柳田を昔話の蒐集家だと決めつけている人がいたら損である、柳田学入門の新書でも読めばわかるだろうが、柳田民俗学日本民族文化歴史学とでも言うようなもの。加えるなら柳田は詩人として出発し花袋や独歩と友人関係にあった広義の作家に近い人であるから、柳田の文化論は文芸論になりうるのである。本書がまさにそう。
さて、本書に収められた二つ、順序は「笑の本願」と「不幸なる芸術」でこの配列は正しい。主題目は「ワライ」から「ウソ」「ヲコ」へと続いていく。まず「笑の本願」の始めの方から、笑うという行為が非常な攻撃性を主としたものであるということを説き起こす。全く私にはこういう考えがなかったから目を覚まされた思いがした。一般に笑うのは楽しいからおかしいから愉快だから、であって、テレビをつければ笑ってくれという番組で溢れている。
しかしよくよく考えればこれは笑いの攻撃性の無化の成果なのだと思う。柳田曰く、笑う者は優位に立ち、笑われるものは劣位に立たされた。笑われるものは相当な精神的損害を被り、恥辱、屈辱の限りを味わって圧倒的な敗北感に沈められるのである。これが敵味方に群衆が分かれていれば笑いによって闘争が起こっていると言える。笑われるものは言うなれば哀れな者であるから、「吉」や「彦」を名にもつ者を主人公にした一村落に伝わる笑い話の場合、別の村の「○吉」「○彦」は~という形で別の離れた共同体、村の馬鹿者の話として伝わっていく。笑いは攻撃だからである。もし同村落内に笑いの対象が生ずるとすれば、それは村八分された、排斥された者という事になろう。それを現代に置き換えればこの頃また騒ぎ出したイジメ問題なのである、あれは笑いの原始的な性格である攻撃性が発揮されたがゆえの悲劇であろう。
笑いが多分に攻撃性を含み、刀剣に勝る武器たりえた一方で、人類は笑いを求めた。笑い話を作る際、作中で笑われるものはダメージを負うのだから、ただおかし楽しい笑い話を作るにはウソが要った。そのウソの効用は~、と続いていく。ちなみにヲコは馬鹿の事であってこの単語の意味と用法の変遷も説いている。が、解説の井上ひさしも言っているように柳田はヒントと実例だけ語っておいてこうこう、こうである、と結論してくれない。ああ、なるほど、すごいや、とこの本を読んでいて何度となく感嘆して、さてどうまとめてくれるか? と期待して読み進めると他の周辺へいつの間にか文意は移っている。
食えない人間だと思った次第だが、笑いという事象やウソの考察は優れていて独創的である。創作をする人は読んでおけば得になると思う。特に「笑う」という状況を創作散文の中で従来通りのシチュエーションでしか使えていなかった人にとっては何がしかのヒントになるだろう。

 

「われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫ヘミングウェイ全短編)」
アーネスト ヘミングウェイ 新潮社 740 円
読了(2011-10-04) ☆☆☆☆☆
ヘミングウェイ全短編の1、高見浩訳。「われらの時代」「男だけの世界」を作品集題に据えた30編ほどの短編から成立する。とりわけ「われらの時代」の合間にカットインされるスケッチの描写も入れると収録された文章は非常に多い。パリ時代、ヘミングウェイ初期の全てを読み込むのにうってつけの短篇集だ。
ヘミングウェイのその小説の特徴、中でも短編に強く表れる「省略」「強調」「氷山の理論」の造成と練磨の過程が窺い知れる。一等重要なのは氷山の理論で、氷山は海面上に見えるのはわずか20%に満たない。重要なのは海中に隠れた80%である、と。簡潔にして深みのあるこの文体はハードボイルドという文芸用語で語り継がれていくがやはり現物にあたった方がいい。
それからやはりヘミングウェイは男のための文学だ。彼の表面上の題材は、戦争、釣り、闘牛、競馬、格闘技等々だ。男どもが血を沸き立たせ、時に涙するほどの感動に包まれる男の趣味嗜好をここまで上手く書ききる作家は古今東西探しても滅多にいない。
各短編をよく登場するニック・アダムスの成長ストーリーとして読むのも可能だが、私は単にヘミングウェイの分身の少年としてだけ捉え、短編一つ一つを独立させ味わった。
文体の簡潔さと氷山の理論から、語り口もストーリーも何も難しい事はないのに、味わおうとすると、いやどういう小説なのかと解釈しようとすると非常に読み手に頭を使わせる小説ばかりだ。だからきっと読了するのに時間がかかる。だが読み終えた後に、他の作家が如何に文章や筋書きを肥え太らせていたかがわかるだろう。肥満は醜悪である。
個人的に特に気に入ったのは「インディアンの村」「三日吹く風」「ファイター」「兵士の故郷」「ぼくの父」「破れざる者」「白い象のような山並み」「五万ドル」「十人のインディアン」である。

 

「讃歌―中上健次選集〈8〉 (小学館文庫)」
中上健次 小学館 880 円
読了(2012-08-14) ☆☆☆☆★
かくも哀しきや、中上よ、と思わず印字された文字に文章につぶやきたくなる。どのような批評用語であっても構わぬ、トポスでもよい、磁場でもよい、あるいはストレートに新宮市の架空化された路地でよい。もう路地は本当にないのだと、こんなに切なく書く必要が本当にあったのか。
物語は正史とでも言うべき時間軸に沿っていて、「地の果て」以降の路地解体ののちの後日譚たる「日輪の翼」の続編となる。これ以降は未完作である「異族」へと繋がる。
「日輪の翼」のツヨシはイーブと名前を変え男娼稼業をしている。徹底的に自己を性のサイボーグだと言い聞かせ、どんな年増女だろうと、たとえ同性であろうと性を売る。秋幸三部作以降の中上における性描写は官能の度合いを強めるのと反比例するように記号性が高まる。この作においてもそうで、中上が同性愛性交から輪姦までおよそ描けるもの全てを描写するが何処か乾いていて、路地よ、オバよと泣いているように見える。
路地=被差別部落地区の実際上の解体のあと、中上は新たな路地的トポスを探すのだ、と思った。それはこの作の前半~中盤にかけてのもとは赤線であった新宿二丁目というゲイエリアが疑似的路地に近いものを感じさせるからである。そう読ませようという意図があるとしか思えない。ここのオカマバーのママどもはマジックリアリズムにありがちな、閉鎖性を含んだ特定地区の中でソース未確認の噂=口承の拡散を行っている。不確実な言説の広がれる場所、周囲から異化されたような地区として新宿二丁目を機能させてもよかったろうに、やはり夏芙蓉を見つけ出してしまい、「日輪の翼」で姿を消した3人のオバを見つけてしまう。オバらは路地なき今、天子様のいるこの東京で死にたいと言う。書かれた年月日は87年。先の昭和帝の御世である。同じく「日輪の翼」以降、男娼に転じたターこと田中さんも合流し、熊野弁が飛び交う懐かしいダイアローグが展開される。だがターはイーブに何度となく問う。どこへ帰る? どこへ行く? イーブは明確に答えられない。三人称である以上、これは書き手中上が答えられないのと同義だ。かくして折角見つけたオバらを再度見失い振り出しに戻り、標準語を操り再度サイボーグ化したイーブは、路地でないここではマシン化して生きるほかないというように男娼稼業へ戻ろうとする。
もうこれ以上、路地に関わる事はできない。書き手は近づく死を知ってか知らずか、また新しい物語を探しに旅立つために、ここにピリオドを打って新しい小説へ向かう。

2017 昔書いた読書感想文 谷崎・安岡・直哉・中上2つ・ヘッセ・藤村

 データの整理をやっていたら4,5年前に書いた感想文が出てきたので、一部を紹介。中上の感想文だけ明らかに文字数が異常に多いのだが、昔からそれほど好きだったということでしょう。

 

「潤一郎ラビリンス〈13〉官能小説集 (中公文庫)」
谷崎 潤一郎 中央公論新社 880 円
読了(2012-02-04) ☆☆☆★
大正2,3年に発表された「熱風に吹かれて」「捨てられる迄」を主とする作品集。谷崎の初期にあたり、その作風は悪魔主義マゾヒズムが顔を覗かせていて、その面において特筆すべくはない。また官能小説集と銘打っておきながらその「官能」の趣も弱い。要は初期谷崎を読みたい人向けのものである。
さて、解説の千葉が語るものの方が面白く、曰く「熱風に吹かれて」は漱石の「それから」がモデルであるという。そして「捨てられる迄」は「門」にて落ち着いてしまった熱愛への批判的続編として書かれたと。
そう見ていくと面白いのだが、「熱風に吹かれて」はまだ読めるものとしても、「捨てられる迄」は冗長が過ぎ欠伸でも出そうな叙述が文字面一杯で、結に至っては急すぎる。というわけであって、「熱風に吹かれて」と「それから」はまだ勝負になるとして「門」と「捨てられる迄」は「門」の圧勝である。
「捨てられる迄」はあたかも「刺青」を間延びさせたような不出来な作品だ。「刺青」はあの短さと観念だけで書かれたから良かったのであって、「捨てられる迄」のように現代劇としてしまうと途端に平々凡々になる。

 

「幕が下りてから (講談社文芸文庫)」
安岡 章太郎 講談社 918 円
読了(2012-01-29) ☆☆☆☆
まず初めに、この小説を理解するには、戦後というキーワードを常に頭の中に働かせねばならないという事がある。しかも焼け野原ではなく表面上だけ復興、いや以前より物質的に発展していった戦後における日本人の精神性の問題を扱っている。これは偶然にも2011年3月11日以降の現代の我々と何処かダブる所を感じた。東北はいまだ機能しきっておらず、原発事故は現在進行形で片付いておらず、謂わばそれらが片付いた世界こそ、「もはや戦後ではない」と言われたこの小説内の世界であり、そこに心の空虚さを持て余している人間がこの小説の謙介なのだ。

えらく読みづらく、「海辺の光景」に比べれば整理のつかない複雑さを持った小説で、毎日出版文化賞を受賞しておきながら安岡文学の系譜においては語る事が半ば避けられてきた気配すらある。
この小説は確かに読みづらい。読み進めるのがいやに時間がかかる。それは時間軸がフワフワしているからだ。現在から過去へ、という大まかな流れではあるがそれこそ、過去の時期は順序を気にせず断片としてギザギザ入り込んでくる。そうした錯綜の中で主人公の内面の不安定さと感じている不気味さ、空虚さといったものを表現しようとしている。とても難解だ。駄作だ、と切って捨てられないし、傑作だと褒めちぎれない。
しかしこの表題にもある「幕」は下りており、下りてからの物語なのだ。そう、幕はもう下りている。戦争中という幕も、戦後の気分という幕も下りている。その舞台裏の人間の心模様の気味悪さとして読めば解釈も理解も味わいも違ってこよう。


「大津順吉・和解・ある男、その姉の死 (岩波文庫)」
志賀 直哉 岩波書店 632 円
読了(2012-01-24) ☆☆☆☆
志賀直哉文学のメインパート、父との不和をテーマにした三作を収録する。これは岩波文庫だが重版はしていないようだ。
一等重要なのは言うに及ばずの「和解」である。私は志賀の最高傑作は「和解」であって、「暗夜行路」は短篇を継ぎ出しただけの中の下の作品だと思っているが、志賀直哉を理解するには読まねばならるまい。その「暗夜行路」の前に読んでおくべきもの、それが大津順吉・和解・ある男、その姉の死という事になる。せめて「和解」は新潮文庫で単独収録で今も出回っていているので読んだ方がいい。
さて、内容から並び替えるならばあとがきの志賀の言葉通り、大津順吉→ある男、その姉の死→和解となる。この三篇はあたかも連作中篇のような趣がある。「ある男、その姉の死」は主人公の弟の語りでやるのだが少々出来が落ちる。一方で「大津順吉」はその青春の葛藤と恋愛問題、そして父(+祖母)との確執という点において緊張感は優れたものがある。言ってしまえば若様のご乱心による女中とのふとしたお熱、というようなものだが父に対し悪感情しかない私は非常に共感できた。志賀風の短文にして美文も冴えている。

 

「奇蹟―中上健次選集〈7〉 (小学館文庫)」
中上 健次 小学館 880 円
読了(2012-05-29) ☆☆☆☆★
路地文学のサブストーリーの中でも存在が際立ったスピンオフにも似た作品群、中本の血の一統を主題にした「千年の愉楽」と並立する、タイチの一生を書いた小説。物語は中上が築き上げたメインパートの秋幸三部作で明確に示した紀州サーガの歴史を語るかのごとくだ。語り手(ではないが)としての一応の機能を持つ今はアル中で精神病院の中のトモノオジが、幻覚でオリュウノオバとオジ自身の、そして路地の代々の若い衆達を回想するというもの。
トーリーは時間軸に多少の屈折こそあれど素直にタイチの一生をなぞっていく。中上の小説の中ではよく使われる極道、ヤクザストーリーとしての、男たちの権力抗争は単純に面白い。立派なストーリー性を持っている。

しかしことはそう簡単ではない。この小説が異様なのは、その語り方、描写の方法論だ。それら全てを詳細に語るにはまだ読みが足らない。解説は「大鏡」の二人の回顧話に批判者が一人加わるという形式のパロディとも言う、なるほど。この小説はアル中のトモノオジの幻覚の中で、既に死んでいるはずの産婆オリュウノオバとの会話という形だがそれは借り物で、正体不明の三人称体を持つ語り手が現れる。
そういった奇妙な形式の中で語られ続けていくタイチとその朋輩の物語は、常に人間と人間とではなく、人間であらざる者、「幻覚」的な声や視線が奇妙さに拍車をかけるような変奏曲を奏でる。「幻覚」というセンスを描写するということが、中上がこの小説で挑んだことではないか。同時期に村上龍が「イビサ」を書いており、それに陣野俊史は「龍以後の世界」の描写論で言及している。90年を前後するこの時期に、中上と村上は何か小説という散文の可能性の限界を突き破ろうとした感がある(なおこの時期、春樹はノルウェイの森を出してヘラヘラしていた。)
例えばトモノオジのアル中にもたらされた幻覚は自身が魚の身になり湾とあたかも同化しているかのような感覚で始まり、語り手の中での生前のオリュウノオバは仏教的幻覚を何度となく味わっているし、アキユキの異父兄として首を括るタイチの朋輩、イクオはヒロポンの幻覚によって命を絶つ(言い忘れていたが、これが中上の中で繰り返し出て来る発狂して殺してやると言いながら家へ来て首を括った兄のそれである、加えるならトモノオジの朋輩のイバラの留は浜村龍造である、イクオに関してはイクオ外伝という章でその死ぬまでが描かれている。それもこの小説の魅力だ)。ヒロポン覚醒剤といった麻薬的と、宗教的な幻覚の描写は、それがもう一つ別の、トモノオジでもオリュウノオバでも正体不明の語り手でもない「誰か」の視線であり声である。
この小説は、思った以上に前衛的で、中上のマジック・リアリズムという手法の範疇に収まらない描写論を射抜こうとしたものとして受け取るべきではないか。

 

紀伊物語 (集英社文庫)」
中上 健次 集英社 550 円
読了(2013-01-31) ☆☆☆☆★
単行本84年刊行で『地の果て 至上の時』の直後といってよい。テクスト内の時間はちょうど路地が削り取られるその瞬間を前にした状態で、「秋幸三部作」で見るならば『枯木灘』と『地の果て 至上の時』の間ということになる。当然、秋幸は秀雄殺しで大阪の刑務所にいるから出てこないが、道子を新宮の路地へ誘い込むのは唖のヨモノオバに育てられた〈良一〉だし、〈モン〉も出てくれば、名前だけだが路地撤去を実際に取り仕切った〈竹原繁蔵〉、〈美恵〉と〈実弘〉、テクスト内で臨終の床にある〈オリュウノオバ〉も出てくる。おまけに暴走族の頭で『地の果て 至上の時』で重要な役割を追う鉄男は〈テツオ〉として登場する。

本テクストは二部構成になっている。南紀地方の紀伊大島が舞台の『大島』、路地撤去が間近の末期を中本の一統で『千年の愉楽』にも登場した〈半蔵〉の二世を軸にしたものの二つ。連作でも中篇集でもなく一つのテクストに成り得ているのは〈道子〉の存在による。
『大島』においてのありようは、南紀地方でも純粋な島として周囲から海で隔絶された(しかし相当に紀伊半島に近い)紀伊大島の名士的家柄の娘、〈道子〉の女への目覚めが軸になる。父の広尾と、女郎であった母キクの落し胤として父系の系譜にいる〈道子〉は、祖母を通して、島より外の人間を嫌う。対岸の西向からその昔、漁港に鯨の屑肉を拾いに来たというニシムカエを、一切の外部の卑しいものとして扱い、己こそ広尾の種より生まれた大島生まれであるが、祖母も後妻の富枝も他所者である、ニシムカエであるとして排除しようとする。ニシムカエは疑いもなく被差別者の蔑称であろう。家柄の矜持をアイデンティティにする〈道子〉は非常に排他的な、箱入り娘のような傲慢さを隠しもしないが、本当の母キクへの思いが捨てきれず、そこに〈良一〉が土方仕事でやってくる事により、女郎であった母キクの《物語》を《反復》するように性の花を開かせてゆく。母キクが、実は路地にいた静子という名の女であったと判明して〈道子〉は路地に入る。静子もまた路地の生まれではないが、路地に流れ込んだ者であるので、《物語》の《反復》性が否が応にも強調される。紀伊大島では女王然としていた〈道子〉は、路地に入るやいなやその主体性を失ったように影が薄くなり先行する《物語》に吸収されていく。
続く『聖餐』は、『大島』と地続きで時間もそのまま連続して延長線上にある続篇とでもいうべきものだが、主人公格から〈道子〉は脱落している。文量は『大島』の二倍ほどあり、三人称単一で〈道子〉を追った『大島』とは大きく異なり、路地が舞台になることで誰が主人公格なのか判然としない。言ってしまえば末期の路地そのものが主人公である。
〈道子〉における静子の《物語》は傍系へ押しやられ、『千年の愉楽』にてクローズアップされた中本の一統の末裔たちが躍り出る。末期の路地において、〈オリュウノオバ〉は〈道子〉の宿命を予言するような言葉を吐いてついに他界する。一方で中本の一統のとりわけ〈半蔵二世〉は四人組のロックバンドを組み、死へと導く歌を際限なく歌い、実際に毒入りジュースを用意して路地とともにみな死のうとうそぶく。〈オリュウノオバ〉が死に、路地がテクスト末尾においてついにショベルカーの爪が襲いかかる瞬間を描いて、それまでの路地が保っていた神性と共同体は崩れていく。あれほどまでに崇められた淫蕩で美男揃いだが若死を運命づけられた中本の一統は、路地が崩れていくその場では邪険に扱われ気色悪がれるのだし、女版秋幸とでも言える静子の《物語》を継承し、異父兄のロックバンドの一人定男と、兄妹心中よろしく近親姦をし子を孕む〈道子〉もまた、路地健在であったなら秘事として語られ守られたであろうに、路地のオバ、イネらに拒絶される。
これ以上、《物語》の《反復》を挙げていっても冗長になるのだが、路地の〈道子〉と同年代の善視は、預け先のない位牌を進んで預かって、死んだ者の祥月命日、誰の子でどういう死に方をしたか諳んじて、オバらから〈オリュウノオバ〉のようだと言われるのだが卑小な《反復》でしかない。産婆として生の入り口に立つ路地のグレートマザーとしての〈オリュウノオバ〉には到底及ばぬ、十幾つの位牌を預っているに過ぎないからだ。
『地の果て 至上の時』において、服役を終えた秋幸が見る更地となった路地跡という衝撃的光景までの、路地の最期の時を中上自ら、『熊野集』のようなルポとも私小説ともとれるものではなく、紀州サーガに属するテクストとして描いた点は大きく、また『千年の愉楽』の分かりやすいほどの脱構築的なありよう、自壊のありようが示されている。そして路地の末期という時空間が、あたかも平安末期における末法思想のごとく再現されている点が、一番の評価のポイントであろう。複雑化する語り様とその文体を、時にオバやイネを視点に借り、センテンスの蛇行の仕方は音韻を(i)で揃える独特さも磨きがかかっている。紀州サーガの一つのストーリー、「秋幸三部作」の傍系の一つであると、それだけで評価を落とせない所以が以上の事柄である。

 

荒野のおおかみ (新潮文庫)」
ヘッセ 新潮社 540 円
読了(2012-11-13) ☆☆☆☆☆
原題Der Steppenwolf.ステッペンウルフ、荒野のおおかみ。1927年に書かれ、第一次世界大戦後のヘッセにおける精神的危機の中、その自己告白と自己分析の書として読むべき、いや読んでしまったので、文明批評うんぬんはあまり気に留めなかった。もちろんその意図や発露は見受けられてわかるのだが、大切な、重要事は前述した方面ではなかろうか。
この小説は、イージーライダーのボーン・トゥ・ビー・ワイルドなどを担当したバンド、ステッペンウルフに名を借りられた事からも明瞭であるように、ヒッピームーブメントと深い親和性を持っている。この手の、ヒッピー的作家あるいは作品というのはあって、それは少々先取りしたビートニク世代の仕事群、またはサリンジャーの仕事群がそうで、例えば東洋思想賛美とその理屈のかなりの衒学さ、または享楽的かつ刹那的な生き様、そして衒学さをあえて嫌わずブチまける心理分析の描写などが特徴として挙げられよう。
ヘッセのこの荒野のおおかみもそれはある。だがこの小説はユング派におけるシャドー(影)との対話から自己診療めいた深刻な精神的危機に対し挑むものであり、理屈は出張ってこず、衒いはない。難解だと言われがちなヘッセの作品の中であっても、その表現においての豊かな語彙の使用と、深く、深く、その深淵へ、自我の最奥へ多大な勇気でもってして突き進んでいくヘッセのそれは、決して読みやすからず、ひどく学問的な香りのする字面の洪水の中で、読み手を決して離さない、異常な緊張感が、特に後半において加速していく。
思うに登場人物の主人公ハリー・ハラーがヘッセの自画である事は当然、ヘルミーネはヘルマンの女性形名詞で、魔術劇場で七変化するパブロとは、前者はヘッセの女性的なシャドーであり、享楽的なジャズ奏者のパブロはヘッセの純粋なシャドー、両者とも無意識層において抑圧していたヘッセのもう一つもう二つあるいは無際限の人格であろう事は間違いない。まるで精神分析学の夢分析における患者の語る<夢の話>のようであった。そこに一流の作家たるヘッセが小説に仕立てたのだから、第二次大戦以降の作家群が、ヒッピーたちが担ぎあげたのも肯ける話である。
あまりに啓示に満ち、あまりに豊かでかつ深刻で、あまりに心を動揺させられた本書をもっと早く読んでおけばよかったように思う。この不安な時代の現代に、科学の化けの皮が剥がれ、第二次大戦後のような、欧州的理性の敗北としてのような野蛮さにさらされている21世紀の我々にすら、訴え、いや侵食し影響を与えてくれる。それほどの普遍性をもった魂の書と言ってしまいたい。

 

「破戒 (岩波文庫)」
島崎 藤村 岩波書店 735 円
読了(2012-05-10) ☆☆☆★
岩波は初版本を底本にしているらしい。野間宏曰く後年、水平社から糾弾され「穢多」を「部落民」に書き換え、以下生ぬるくなった故に、こそ初版本を読み、そしてこの小説の登場による功績を讃え、かつ現代文学の眼で以てして批判せよ、と。
花袋と並ぶ自然主義文学の巨匠にして日本文学、特に言文一致以降の本格散文小説の夜明けを告げた作品である。自然主義であるという事から、つまり告白の文学となる。小学教師瀬川丑松は、亡父の唯一の戒め、「穢多であると打ち明けるな」を悩み苦しみながらも最後に告白し、戒めを破る。それは人間のありのまま(自然)を曝け出すという事であり、また同じ人間という生き物に貴賎の差なしという自然科学の考えも入ってくる。
なのだが、野間の言葉を引用するでもなく、この小説には様々な欠点がある。重大な点は、藤村自身に、また小説全体に差別意識の存在がありありと反映され、それを理論で以て対抗できていない事。これは無理からぬ事と言ってしまえばそれまでかもしれない。藤村は旧家の子である。部落民でない人間に部落民の苦しみは書けない。被差別部落民が被差別部落を書く、そういう事件が起きるのは藤村の死後20数年先、中上健次の登場を待たねばならない。
他には、なるほど筋はなかなか出来たものであるが、結に至る部分でのこの楽観的と言おうか、トントン拍子の進め方は何だろうか。部落出身の丑松がついに出自を告白した後、途端に彼への扱いは優しくなるのだ、小説自体が。勧善懲悪風味でもありこの点は評価はできないだろう。
ただ結に意外に良いと思ったのは、新天地を求め信州からアメリカのテキサスへ渡るという結末である。アメリカは自由の国、という認識が明治39年の日本人の共通認識だったかは定かでないが部落民であると打ち明けた以上、もはや日本に住む処なし、ならばアメリカへという発想は現代に通ずるニッポンという社会への強烈な批判になりえるだろう。
最後に。明治期の小説としては意外なほど文章は簡潔を心がけていて飾る調子も衒いもない。と言って表現力に乏しいのではなくむしろ逆で素朴な筆の中に心象を重ねた見事な筆の運動で人を景色を描いている。のちのちゴテゴテと飾り立て、あるいはスカスカにしてみたり、日本語文章は迷走に迷走を重ねているが、この小説の文章を読むとそんな事が馬鹿らしく思えた事を記しておく。

2017 「センチメンタル・バス」「大江千里」:そう言えばあったなと思えるはずのやや懐メロ 今週のお題「私の『夏うた』」

今週のお題「私の『夏うた』」

 夏と言えばTUBEかサザンオールスターズとつい口にしてしまうのは昭和生まれの哀しい性である。私は末期の昭和62年生まれだけども。しかしながらTUBEもサザンも、ありきたりと言っても未だ根強い支持がありそうで、そういうスーパーメジャーソングは避けて、懐メロと言えるほど時間が経っていない、かつ、一瞬流行った曲の紹介を。

 

Sunny Day Sunday/センチメンタル・バス


Sentimental Bus - Sunny Day Sunday

 思い出していただけたろうか? 39度の、とろけそうな日、で始まる本曲。1999年8月4日のリリース。オリコン最高4位で通算50.9万枚売れたのだとか。スマッシュヒットしただけで終わった一発屋と言ってしまえばそうなのだけど私は結構好きなのでね。
 で、これは何で流行ったのかと言えばポカリスエットのCM曲に採用されたからだろう。たとえば03年は福山雅治の「それがすべてさ」が採用されて、これをカップリングにした「虹」が発売されると95.8万枚売れた。センチメンタル・バスと同年にポカリスエットCM曲に採用されたのがTRICERATOPSの「GOING TO THE MOON」。今でも精力的に活動するTRICERATOPSの、確か最大のヒット曲。趣旨とずれてきたが「もう流行りの曲がわからない」と嘆いている方はポカリスエットCM曲の最近のものを聞けば若い衆についていけるかもしれない。
 Sunny Day Sundayはカラオケでは歌いやすい。女性ボーカルなので高音を安定して出せる人向けではあるが。99年当時に子供であっても物心ついていれば覚えている人が多いと思うので意外とウケる。


 
夏の決心/大江千里

 これは私と同年代(±2年ぐらい?)の人は、聞いた瞬間思い出すのではないか。たとえ大江千里を知らなくても。

 1994年8月1日リリース。ポンキッキーズ世代とでも呼べるかもしれない。このポンキッキーズ、採用した楽曲の質とセンスが非常に良い。(採用曲をまとめたCDアルバム、ポンキッキーズ・メロディ1と2等がある)。
 時代を先取りしていた感もあって、たとえば斉藤和義の「歩いて帰ろう」94年4月も採用されている。今や売れ線の斉藤和義だが、無名時代でありながら採用したセンスが凄い。
 大江千里に話を戻すと、本曲は少年のうぶな心を歌ったもので、ポンキッキーズの視聴者層に合わせたような形で、良い曲。ただし、大江の歌い方は癖があって中々歌いづらい。大滝詠一みたいなもので音の高低差はさほどなく、普通に歌う分には問題はないが、似せて歌おうとすると火傷をしてしまう。私はヒトカラで練習してみたがさっぱりだった。聞くだけにした方が無難である。

 

 で、これ以外でTUBEもサザンも無しとすると、井上陽水の「少年時代」、吉田拓郎の「夏休み」などが思い浮かんだがややではないモノホンの懐メロなので割愛。

 どうも私のiTunesに入っている曲を洗ってみると、夏より秋や冬の歌が多い。恐らくは私がさして夏が好きではない、暑いから、という事情がありそうである。きっと今年も冷房のかかった部屋で夏競馬をやってうんうんと唸りながら馬券を外していく夏を過ごすだろう。
 夏が好きな人は楽しんでね。

2017 予想 第19回東京ジャンプステークス(J・G3) 06/24(土)東京8R発走14:00

 

 今週で阪神競馬と共に春の東京競馬開催も終わる。そんな春の東京開催、最後の重賞は、土曜8Rの障害重賞、東京ジャンプステークス(J・GIII)である。
 東京ジャンプステークスは東京障害特別(秋)として1956年に設立。1999年東京オータムジャンプ(J・GIII)に変更、2009年に春開催に移り、現在の東京ジャンプステークスとなった。歴史ある障害重賞である。
 
 で、この障害重賞は結構荒れる。2009年の春開催移動以降、毎年14頭が出走していて、その事も原因しているだろう。実際、東京オータムジャンプ時代も含めて過去に遡ると1999年にやっと8頭立てが見つかるくらいである。
 今年は9頭立てと開催時期を移されて以降初めての10頭割れだが、荒れるレースである事を意識してなるべく広めに拾っていく予想を組み立てた。

 

 東京競馬場障害コースにおける障害は取り立てて難しいものはない。やっぱり東京という事で平地コースほどでないにしろ直線が長い、463m(直線芝)。一応、直線にハードル障害が一つあるが難易度が低いし、直線の前半に設置されていて、やはり差しが効く。
 障害レースなので基本的に先行馬が有利な点は変わらないが重賞ともなれば話が違ってくる。軸、相手も含め、他の障害コースでは敬遠しがちな差し馬追い込み馬にも注意が必要である。

 


フォーメーション1列目
◎9オースミムーン
 東京障害コース(3.0.2.2/7)、複勝率は71%。東京競馬の障害重賞は東京ジャンプS(J・GIII)と東京ハイジャンプ(J・GII)の二つがあるが両方に好成績をマークしてきている。東京ハイジャンプは1勝3着2回、東京ジャンプSは1勝着外1回。15年の当レース覇者。本来ならこの馬の実績は抽んでているので3連単のアタマにしたっていいくらいだが、故障などあって近3走で急に崩れてしまった。別定とはいえ一番重い61kgだし、旬を過ぎた感ゆえに印としては本命を打つが、懐疑的ではある。
◯3ハギノパトリオット
 本命馬がやや信頼欠けるという事でこの馬を。新興勢力で今回で障害重賞初出走。昨年暮れに障害未勝利を脱し、障害OPレースで走って2勝2着1回、連対率100%。特に前走と前々走の勝ち方は強い。8番手に構えてマクる競馬で2連勝しているので今回も差しにまわるだろう。
 不安点があるとすれば、障害レースで使ってきたのがローカルの福島新潟中京で主要4場は初となる所。

 

2列目
▲8シンキングダンサー
 控えて中団みたいなポジションで行くか、まあ逃げではなく先行し好位から、という想定でいる。中山のペガサスジャンプS、イルミネーションSを両方3着、前走は福島の障害OPで圧勝。東京の春麗ジャンプSは6着だが着差はそれほどでもない。快勝した前走の勢いも買って。
☆2スズカプレスト
 今回の出走馬を見ていると、ハナに立つかな? できれば2番手でいてほしいが。というように、逃げもあり得るはっきりした先行勢の最右翼として買い目に。障害未勝利脱出以降、勝ちきれないが4戦連続で馬券内を確保している、前走の京都ハイジャンプ(J・GII)も含めて。粘り腰ある。
(◎、◯を足して2列目4頭)

 

3列目
△6グッドスカイ
 連下にまわしたが侮れない一頭で、既に障害OPで勝ち鞍をあげており、他障害OP3着2回。着外だったのは阪神スプリングJ(G・GII)のみで、おまけに6着なので負けすぎてない。積極的に買いたくなる材料がやや不足している。
△5ピースメーカー
 素晴らしい末脚を持つ。障害未勝利を脱した直後だが、東京競馬場障害コースは絶対に合う。穴を期待。
(印つけた馬全部足して3列目6頭)

 

買い目
3連複フォーメーション
3,9 → 2,3,8,9 → 2,3,5,6,8,9 の14点。
オッズが出てからガミる組合せは金額調整する。

GOOD LUCK!!

2017 予想 第149回ベルモントステークス(米GⅠ)+過去10年データ分析(発走06/11(日)午前07:37)

 今週は日本で土曜重賞がないので、アメリカ競馬三冠最終レース、ベルモントステークスを予想する。日本馬からはUAEダービー2着、ヒヤシンスS1着のエピカリスルメール騎乗で参戦。←※11エピカリス出走取消を確認。

 舞台はベルモントパーク競馬場ダート2400m。
 
 ベルモントパーク競馬場について。一周2400m。内枠有利。直線330mで先行勢に分があり、差しはまだしも追い込み厳しい。
 日本の主要4場のダートコース直線距離で比べれば京都競馬場ダートコース直線329m、坂のあるなしを措けばこれが一番近い。他は東京競馬場ダートコース直線501m、中山競馬場ダートコース直線308m、阪神競馬場ダートコース直線352m。こう見てみると前に行った方が良さそうな感じは確かにある。

 

 内枠有利、先行勢有利をまず頭に入れよう。

 

 頑張ってデータを集めたので以下に掲載。


ベルモントS 過去10年前走別データ

 

 ※全てベルモントSにおいて3着以内に入着した馬の頭数を対象。
1.前走出走レース別のクラス
2-1. 前走着順。3着以内(馬券圏内組)、4着以下5着以内(掲示板内組)、6着以下(大敗組)

2-2. 前走クラス別着順別データ考察
3.過去10年前走別データまとめ

 


■1.前走出走レース別のクラス

 前走アメリカ競馬三冠GIレース出走馬(ケンタッキーダービープリークネスS以外ないが)が大半を占める。他、GIIのピーターパンS(今年からGIIIに降格、かつてカジノドライヴが制した)、ドワイヤーS。オープンレース、一般競争。変わり種は08年勝ち馬ラグズトゥリッチズケンタッキーオークス勝ち馬)くらいか。
 日本馬では去年のラニが3着に食い込んだ事は記憶に新しいが、ラニは三冠全出走を果たしており、当然、前走はプリークネスSだった。

 

・過去10年前走クラス別(2008年3着同着があった為、総数31頭)

前走GI組
ケンタッキーダービー(GI)(2000m)14頭
プリークネスS(GI)(1900m)7頭

※例外 ケンタッキーオークス(GI)1頭

 

前走GII組(グレード降格などがあった為に以後、重賞組と呼ぶ)

ピーターパンS(GII、※今年はGIII)3頭
ドワイヤーS(GII)2頭

 

それ以外
フェデリコテシオS(OP)1頭
バーバロS(サーバートンSの改名でOP)1頭
一般競争(日本で言う非特別戦の平場)2頭

 

 ベルモントS過去10年において、当レース3着以内前走米国GI組が絡まなかった年はゼロ
 また、前走ケンタッキーダービーが絡まなかった年は2010年のみ。

 


■2-1.前走着順。3着以内(馬券圏内組)、4着以下5着以内(掲示板内組)、6着以下(大敗組)


●前走クラス別着順別(GIはケンタッキーダービープリークネスSで分けて掲載)

★前走GI組の1(前走ケンタッキーダービー
前走3着以内(馬券圏内組)、1頭。
前走4着以下5着以内(掲示板内組)、1頭。
前走6着以下(大敗組)、12頭。うち前走10着以下は4頭

 

★前走GI組の2(前走プリークネスS
前走3着以内、5頭。うち前走1着馬は3頭前走2着馬は2頭
前走4着以下5着以内、2頭。

 

★前走重賞組(GIII、GII)
前走3着以内、5頭。うち前走1着馬は2頭前走2着馬は2頭前走3着馬は1頭。

 

★前走OP組
前走3着以内、2頭。いずれも2着。

 

★前走一般競争組
前走3着以内、2頭。いずれも勝ち馬。

 

 ここまでは単純な分け方だけで何も考察していない段階だが、既に大きな特徴が見えてきているのにお気づきだろうか?

 最多ローテのケンタッキーダービー組が妙な傾向をあからさまに示している。

 前走ケンタッキーダービーを好走した(3着以内)馬が1頭しかおらず、しかも前走3着馬で、前走連対馬ゼロ。14頭中13頭確率を書く意味があるかわからんがインパクトを与えるために記すと92%)4着以下からの巻き返しで、その中で10着以下は4頭もいる。理由は後づけだからいくらでも拵えられるが、力を使いすぎた馬は本レースで凡走するといった感じか。スタミナ切れとか?

 続いてプリークネスS組。こちらは打って変わって好走馬がそのまま本レースで結果を残している。前走1着馬3頭、前走2着馬2頭、他は4着1頭、5着馬1頭。プリークネスSの着順はそのまま信頼して良いようである。

 続いて重賞組ピーターパンSドワイヤーS組で、連対馬がほとんど。08年3着レディズエゴーのみが前走GII3着。 
 他、OP組は何故か2頭とも2着。一般競争組は勝ち馬のみ。

 

■2-2.前走クラス別着順別データ考察 

 ケンタッキーダービー組のうち、二桁着順馬と一桁着順馬で分けて考える。プリークネスS組では基本的に連対馬で、4着以下の2頭がイレギュラー。これらを中心にじっくり考察してみよう。

 

★前走ケンタッキーダービー、二桁着順組(10着以下組)
16年1着クリエイター(ケンタッキーダービー13着)。前2走、アーカンソーダービー(GI)1着。
13年1着パレスマリス(ケンタッキーダービー12着)。前2走、ブルーグラスS(GI)2着。※重賞勝利経験はない。
11年2着ステイシルスティ(ケンタッキーダービー12着)。前3走ゴーサムS(GIII)1着2歳時ホープフルS(米国GI)1着。
09年2着ダンキーク(ケンタッキーダービー11着)。前2走フロリダダービー(GI)1着。

 

★前走ケンタッキーダービー、一桁着順組(9着以内組)
 ※数が多いので馬名等省略。前走は全てケンタッキーダービーだがこれも長いのでレース名省略。前2走および備考は省略せず。
16年2着馬、前走6着、前2走タンパベイダービー(GII)1着。
15年2着馬、前走4着、前2走ウッドメモリアルS(GI)1着。3着馬、前走7着、前4走と前6走にGII3着。
14年3着馬、前走8着、前2走ブルーグラスS(GI)2着。
12年1着馬、前走7着、前2走フロリダダービー(GI)3着、2歳時シャンペンS(GI)1着。
11年3着馬、前走7着、前2走ブルーグラスS(GI)3着。
09年1着馬、前走6着、前2走アーカンソーダービー(施行時GII)3着。
08年2着馬、前走3着、前3走サウスウェストS(GIII)1着。3着馬、前走7着、2歳時ケンタッキージョッキークラブS(GII)1着。
07年3着馬、前走7着、前2走サンタアニタダービー(GI)1着。

 

 ケンタッキーダービー組では、二桁着順組(10着以下)で拾う条件として前2走にGIレースで3着以内、あるいは過去に米国重賞で勝利経験がある事(この10年だけでもグレードの昇格降格が結構あったのでだいぶ幅を持たせたが厳密にデータに従えば〈米国GI勝利経験〉となる)
 一桁着順組(9着以内)の拾う条件としては前5走以内でGII3着以内、それがない場合は過去に米国重賞勝利経験。
 プラス材料を挙げると、GIレースが複数州に多数あるアメリカ競馬事情を鑑みて考えると、やはり過去にGIレース勝利経験が抽出できる事、これを積極的に見ていくべき。逆にGIレースを勝てていないとなると、軸向きではない。

 

★前走プリークネスS3着以下
16年3着ラニ(日本馬)、前走プリークネスS(GI)5着、3走前UAEダービー(GII)1着。
13年3着オーブ、前走プリークネスS(GI)4着、前2走ケンタッキーダービー(GI)1着。

 

 プリークネスS組は連対馬、まあ3着馬はたまたま居なかっただけだと思うので、プリークネスS3着以内馬にはケチをつけない。4着、5着がそれぞれ1頭ずついる。ラニは日本馬で、アメリカから見れば外国馬なので例外としておいて、13年3着オーブはケンタッキーダービー馬である。拾う為の共通点を挙げるとなると、過去にダートGII以上のレースに勝利経験あり、となるか。
 
★前走GI以外の重賞組3着以下
08年3着レディズエゴー、前走ピーターパンS(GII)3着、前2走ジャマイカハンデキャップ(施行時GII)3着。


 前走GI以外の重賞組では3着以下が1頭しかいないので軽く調べたが、今年(2017年)のベルモントステークス出走馬に前走GI以外の重賞で3着以下に該当する馬はいない。よってここは考えなくて良い。

 

★前走オープンレース、一般競争など、非重賞。
 連対馬のみ。3着以下は消し。

 


■3.過去10年前走別データまとめ

前走アメリカダートGIケンタッキーダービープリークネスSのどちらか一つは必ず3着以内に絡む。

 

・最多ローテ前走ケンタッキーダービー一頭も絡まなかったのは2010年だけ。

 

アメリカダートGI過去に勝っている馬を重視。 

 

前走ケンタッキーダービーのうち、二桁着順組(10着以下組)からは前2走にGIレースで3着以内、あるいは過去に米国重賞で勝鞍あり馬券圏内。これら2項目に当てはまらない馬は厳しい。


前走ケンタッキーダービーのうち、一桁着順(9着以内組)からは前5走以内にGII以上で3着以内、または過去に重賞勝鞍あり馬券圏内。これら2項目に当てはまらない馬は厳しい。


前走プリークネスSのうち、6着以下は消し


前走プリークネスSのうち、4着、5着の馬からは過去にGII以上に勝鞍あり馬券圏内。これに当てはまらない馬は厳しい。


前走GI以外の重賞出走組3着以内馬のみ馬券圏内4着以下は消し


前走オープンレース組からは対馬のみ馬券圏内3着以下は消し


前走一般競争組勝ち馬のみ馬券圏内2着以下は消し


予想


◎3ゴームリー
 最多かつ最大ローテであるケンタッキーダービーからの直行組。プリークネスSを挟んでいないのがポイント。前走ケンタッキーダービーは水の浮く不良馬場で行われた。その中で20頭中の馬番18番の本馬は外から被せるように中団前につけ、向こう正面で5番手まで位置取りを上げ、最終コーナーでは見せ場を作った。直線で失速したが馬場や外枠が響いたように思う。
 前2走にサンタアニタダービー(GI)1着、2歳時にフロントランナーS(GI)勝ちもある。米国GIで2勝の経験があり、上に挙げた様々なデータを総合して厳密な適用(過去に米国GI勝利経験等)でふるいにかけてもクリアし、プラス材料にも合致する唯一の馬である。相当に信頼度が高いと見てよいだろう。
 今回は3番で喉から手が出るほど欲しかった内枠を引いた。先行もできるし、好勝負必至であろう。

 

2列目
◯7アイリッシュウォークライ
 前走ケンタッキーダービー10着ながら前2走にウッドメモリアルS(GII)1着でデータ上の条件をクリア。他ホーリーブルS(GII)1着。GI勝鞍こそないので本命を見送ったが先行馬であり馬券内ならじゅうぶんある。
▲8シニアインベストメント
 プリークネスS3着馬。前走GI組として出走馬を見ると最先着の馬である。データ上、切る材料に当てはまらない。レキシントンS(GIII)に勝鞍があり、能力の裏付けはある。が、いかんせん後方に構えすぎなのでそれがどうか。
☆6ルッキンアットリー
 前走プリークネスS4着馬で過去GII以上に勝鞍なく、データ上では消せる馬なのだが……。これを切るのは流石に勇気がいる。というのもヘタをすれば現地か日本かで1番人気に押される可能性もある実力馬。何と言ってもケンタッキーダービー2着。その他1着がないが、ブリーダーズフューチュリティS(GI)2着、アーカンソーダービー(GI)3着。勝ちきれない理由は追い込み馬だから。今回も取りこぼしそうだが3着内あってもおかしくない。データクラッシュするならこの馬。
☆2タップリット
 ケンタッキーダービーから直行組では最先着の6着。前2走はブルーグラスS(GII)5着だが、その前の前3走にタンパベイダービー(GII)1着がある。デビュー戦以外大きく崩れていない馬なので、連下より一つ上に置く。馬番2番も好枠を引いたように思う。内枠なのである程度序盤から出していく競馬をするだろう。

 

3列目
△1ツイステッドトム
 重賞初挑戦で何処までやれるかだがフェデリコテシオS組は過去に1度絡んだ事があり、また最内の逃げ馬なので。
△9ミーンタイム
 未勝利を脱したのが2走前だからというのもあるが、4戦して着外なし。前走はピーターパンS(GIII)を2着。逃げ馬なのでおさえておくと面白いと思う。
△11エピカリス
 昨年のラニに続き、ベルモントSで3着以内を目指せ、と思っていたが故障ほどでないにしろ右前脚の歩様に違和感? か何かあったらしいが大丈夫なのかな。あと単純に前走だけ見るならUAEダービー(ドバイGII)2着なので消しはしないが、ラニUAEダービーを勝ってアメリカに行ったわけで2着だとちょっと。

※2017/06/10 22:31

エピカリス出走取消。JRA公式などで確認。 

 

買い目 3連複フォーメーション
3→2,6,7,8→1,2,6,7,8,9,11 18点。

↓11エピカリス出走取消を踏まえて買い目変更。

3連複1頭軸6頭流し

3→1,2,6,7,8,9 15点。

3→2,6,7,8の馬連かワイドの4点をおさえに買うかどうかはオッズが出てから決める。→金額調整しながら買います。

 

GOOD LUCK!!

2017 予想 第19回京都ハイジャンプ(J・GII)京都障害コース3930m

 

 いよいよ日曜は日本ダービー。その前に今週の土曜競馬唯一の重賞は京都ハイジャンプ(J・G2)05/27(土)第8レース(発走13:50)。春開催最終週を迎える京都競馬の最後の重賞である。

 

 さて予想。今回の出走馬のうち、障害重賞勝ち馬は一頭もいない! 荒れそうである。
 今回の京都ハイジャンプにおいては、障害GI実績馬のルペールノエル(鞍上高田潤)、障害転向後2連勝のマドリードカフェ(鞍上熊沢重文)の2頭に人気が集中すると思われる。それ以外のメンツはあまり力の差がなさそうなので、穴を狙っていきたいものだ。
 京都障害コースのうち、3930mだと断然先行有利。コーナーは10回あるので外枠は不利である。脚質差し追い込みが勝とうとするなら、マクル競馬で直線に入る時に5番手以内でないと厳しい。

 

◎8マドリードカフェ
 平地競走でも強さを見せている。16年に万葉S1着、大阪-ハンブルクカップ2着があり自力は高い。今年4月に福島で障害未勝利戦を圧勝、続く新潟の障害オープンでは流石に着差1.1/4馬身だったが難なく勝利しており障害競走2戦2勝。
 逃げか前に馬を置いて3番手辺りで先行するはずの、本舞台では理想的な脚質。不安点があるとすればあくまでローカルの福島、新潟を使ってきて主要4場は初である事くらいか。

 

◯10ルペールノエル
 ぶっちゃけものすごく迷った、こっちを本命にするか熊沢を本命にするかで。16年中山大障害3着、17年中山グランドジャンプでは5着と、障害GIで好戦している。
 ネックになるのが差しの脚質。高田が作戦として道中4番手前後につける競馬をするとわからなくなるが、位置取りの想定ができない点で軸としての信頼性に欠けるから対抗で。

 

△1マイネルゼーラフ
 戦績を見るかぎり福島障害コース専用機みたいな馬だが、最内の先行馬なのでおさえる。
△2アズマタックン
 はっきりとした追い込み馬。勝つ事は考えられないが着拾いで馬券圏内食い込みを警戒。
△3クリノダイコクテン
 差し馬。シンガリに下げるような極端な事はしないにしろ、やはり後方勢なだけに勝つのは難しい。なお、京都障害コースを得意としており(1-1-1-0/3)で着外なしの馬券圏内率100%。
△4スズカプレスト
 先行馬。ここ3戦で京都、中山、福島と渡り歩き障害オープンに出走して3着、2着、3着。勝ちきれないレースが続いているのだけど、今回のメンツでは上位に見える。
△5テイエムシシーポス
 先行馬。貴重な障害重賞馬券圏内の実績ある馬。16年阪神ジャンプステークスで3着。前走落馬しているけれど取り立てて問題ではないし、特に飛越が下手とは見えなかった。といってあくまで連下。

 

買い目
3連複1頭軸6頭流しの15点
8―1,2,3,4,5,10

 後はオッズが出てから考えるけども8-10の馬連orワイド、なども買うかもしれない。

 

 ダービーの軍資金を作ろう。
 GOOD LUCK!!