2016 凱旋門賞 現時点での予想 国内馬券発売するので少し考える

 こういう時代になるとはなあ、と思った。知っている人は知りすぎているくらいだと思うが、ヨーロッパ競馬の中でも最高峰のレースの一つである凱旋門賞(実質最高峰、対抗格は英国アスコット競馬場キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス)が、国内で馬券を発売する。

 といってもまだ実験状態だろうからJRAのPAT(ネット会員)で販売。私は買える。

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凱旋門賞

日本時間10月2日(日)23:05発走予定 シャンティイ競馬場・芝2400m

1着賞金 285万7000ユーロ(約3億2860万円)

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 で、これが、オッズとかどうするんだろうと思っていた。現地の馬券種は日本とは違うものも含まれる。そしたら国内の馬券種のまま、JRAのもとでオッズをつけるという。それできるのかと思ったけど現地にいくらか金を払えばできるもんかと思った。こういう形で売り出されるとは、と正直ビックリしている。

 

 今年は、日本馬の出走は1頭。皐月賞2着、日本ダービー1着の3歳牡馬マカヒキ

 春の二冠では、私はマカヒキを軸にしていたので非常に良いイメージを持っている。

 しかし、相当な追い込み馬で、国内レースでは皐月賞はほぼシンガリから、ダービーでは意外と前で進めた。中団後方の位置につけて下げなかった川田の名騎乗でダービーをとれたという気がしている。皐月を勝てなかったから、菊花賞をとる意味がほぼないので(エアシャカールはダービーを落としたから菊をとりにいったんだろうが。ちなみに夏はイギリスへ遠征しキングジョージ5着だった、記憶が正しければ)こうやって気軽にフランスへ遠征できる。

 似たような例ではつい最近のキズナも同様だった。

 あれは皐月を回避して京都新聞杯をステップにダービーに集中させたわけだが、その時府中にいて人が多すぎてもう大変だった。発表された人数が14万人だったので、馬鹿かと思ったが、競馬ブームの時は約20万人だったのだから恐れ入る。

 

 書き忘れた、今年はロンシャン競馬場が改修なので、シャンティイ競馬場でやる。コース図を見た限り、シャンティイの方が素直な競馬場だと思った。

 まだ出走馬が確定していない? かな。回避する馬などは除外されてほぼほぼ絞られたと思うが、まあ、まだ出馬表も出ていないし。

 で、この凱旋門賞斤量がおかしい事で有名だ。こういう斤量になる。

 「負担重量 3歳56kg4歳以上59.5kg牝馬1.5kg減

 古馬はお呼びでない、くらいな印象を持ってしまうくらいだ。一番軽くなるのが3歳牝馬で54.5kgマカヒキは56kg。そう、今の所、私が本命、軸にしようと思っているのも欧州競馬でクラシックを戦ってきた3歳牝馬

 応援と、金が絡む馬券では違ってくる。そりゃ日本馬に勝って欲しいとは思うが、JRAのもとでのオッズなのでおいしい配当にはならない。

 

 凱旋門賞にはステップレースとして主にGIIの2レース、古馬用のフォワ賞と3歳馬用のニエル賞がある。キズナと同じく、マカヒキニエル賞に出て、勝った。この勝ち方が微妙でどうしたらいいんだろうと困惑している。

 以下にGCの日本語実況で送るニエル賞の動画(これは権利関連でその内消されるかも知れない)


マカヒキがニエル賞G2を優勝!!

 

 5頭立てだったので前も後ろもないような競馬だったが、マカヒキは外に出して、よいしょ、よいしょ、とズブい感じで伸びてきて最後にもう一つよいしょ、という感じで差して勝った。微妙過ぎる。

 国内でオッズを作ると聞いた瞬間、マカヒキが売れに売れるはずだと確信し、そしてマカヒキが4着以下に沈めばかなりおいしい馬券がとれるぞ、と目論んだのだ。力のある馬ではあるが欧州の深く重い芝は合わないだろうと思っていたからニエル賞を2着でも3着でも負ければいよいよ馬券からは排除できると思ったが、微妙な勝ち方をした。あれじゃあ、わからない。

 頭数の揃う本番、ペースはハイにはならないはずのレースで末脚爆発は無理があるのではないか。位置取り次第、というわけでもないとわかったのがニエル賞の微妙な勝ち方ではないか? まあもうちょっと考えたい。

 

ラクレッソニエール
仏国 牝3 父Le Havre
牝馬クラシック2冠を含む無敗の目下8連勝。
たぶん、軸はこれ。心配になることがあるとすれば距離だ。ディアヌ賞仏オークス)はジョッケクルブ賞仏ダービー)と同じく2100m。1ハロン半がミホノブルボンではないが、ここから未知の世界って奴である。

 

ハーザンド
愛国 牡3 父Sea the Stars
愛国とはアイルランドの事。英愛ダービー馬。アイリッシュチャンピオンSで大敗したが叩きだと思えば。イギリスとアイルランドのダービーを勝ってしまったのだからこれは凄いので、軸は迷う、こっちにするかも。女王陛下やイギリスのすました紳士淑女共が着飾って見に来るのがエプソムダービー英ダービー)なので、ここをアイルランドの馬に勝たれるとイギリスの面目丸つぶれで、まあよくある事なのだけど。

 

マインディング
愛国 牝3 父Galileo
イギリス牝馬二冠。アイリッシュチャンピオンSで3着まで来たが、英愛ダービー馬よりは少し劣るような気がする。ただ英愛の1000ギニーS(日本の桜花賞に相当)を制している。英オークス馬に言うのもなんだが距離不安がある気がしてきた。

 

 今の所こんな感じ。ここにマカヒキを入れるかだが入れるとしても軸にはしない。
 他、穴馬的なのは去年の凱旋門賞3着でジョッケクルブ賞(芝2100mだが仏ダービー)馬のニューベイ
 サンクルー大賞を勝ち、フォワ賞も勝って勢いあるが人気が出てないシルバーウェーヴなど。

 もちろん今の所1番人気らしいポストポンドも入れるが、古馬で牡馬だからやはりヒモに回さざるをえない。ドバイSCドゥラメンテを負かしたとは言っても、あの時のドゥラメンテは外れた蹄鉄を打ち直さない決定がなされての2着だったし、そもそもどれくらい強いんだかわからないまま、宝塚記念で故障して引退してしまった。

 ポストポンドは昨夏のキングジョージの勝ちからここまで負け知らずで前走は英インターナショナルSを勝っている。本格化する前も着外はほとんどなく、舞台がイギリスの何処かなら確勝級なんだろうが(確勝という言葉は辞書にないらしい、漢字変換でも出なかった、とすると競馬用語だったのか)、大陸側のフランスの、斤量の規定が頭オカシイレースなので、本番まで1番人気は保っていないだろう。3番人気以下になっていても不思議じゃない。凱旋門賞はそれくらい特殊だ。

 

 なんだかんだ言ってきたが、その昔はテレビゲームでこういう世界の大レースに出走させて夢見ることしかできなかった90年00年代から、脱してついに海外競馬の馬券が買える。
 悩むのも楽しいと感じる。

 でもその前に神戸新聞杯オールカマーの予想をせねば。

 

 

 

 

2016 眼精疲労をめぐる戦い(雑記)

 読書の秋、競馬の秋、まあ秋は涼しくなってくるから何でもやりやすかろうが。小説を書き上げて出してきてから、読書モードに戻った。今の所、4日に1冊しか読めていない。このペースはいくら何でも遅いと思っていて、歯痒い思いをしている。

 二つ原因がある。

 

 一つに腰痛がヒドイというのがある。持病というより父方も母方も腰痛持ちの家系なので宿命的なものであるから、これはさっさと観念して、我慢できないほど痛かったら整形外科でもらった湿布を貼っている。それはよい、子供の頃から慣れっこだ。小学生の時から腰痛持ちで、「腰が痛くてもう曲げられない、椅子に座れない」と保健室に行ったこともあるくらいだ。最初、保険医に冗談だととられたが次第になかなか重症だということで早退して整形外科に行った記憶がある。

 

 二つ目に今、私をもっとも苦しめているのは〈眼精疲労〉。ドライアイも含む〈眼精疲労〉である。眼が痛いというのは今春ごろからあって、その際、メガネがキツイのではないかと疑って、眼科に行きメガネの処方箋(? でいいんだっけ)を書いてもらい、それをメガネ屋に渡してメガネを作り直した。眼医者の腕は確かだったようでだいぶ眼の疲れは減じた。

 しかしそれでもなお、痛く、特に9月に入ってから厳しい。今もすごく痛い。

 それでネットサーフィンして(死語だなこれ)、色々調べたところ、なんとなく液晶モニター(PC、携帯端末(スマホなど)、テレビ)の見過ぎかと思っていた。ブルーライトとかかな、と。

 それもある、とは書いてあったが、一番の理由はなんと『読書』だそうだ。しかも読書家であればあるほど眼精疲労に陥ると。ちなみに眼精疲労という病名は今の所ないらしく、特効薬があるわけでもないとのこと。

 もう一度眼科に行き、その旨伝えて診断してもらった結果、涙が少なくなっていて乾いており眼球に傷もつきやすい、いわゆるドライアイだと言われ目薬を多めにもらった。

 さっきも書いたように特効薬はないのでこれも一時しのぎ。頻繁に眼科に行くのも面倒なので今は市販の目薬をさしている。一応、ドラッグストアで薬剤師にたずね、ドライアイにおすすめな目薬はどれかと教えてもらって買った。

 それでもまだ痛いのだ。

 ということで、今日からホットタオルをやろうと思う。美容院ではあまりないが、床屋だったらやってるかな、蒸しタオルというやつ。あれがとても眼精疲労に効くとのこと。作り方はフェイスタオルを水に浸して、軽く絞り、電子レンジで30~40秒、だそうだ。

 で、私の部屋は2階で、当たり前だが電子レンジは置いていない、一々階下に行くのも面倒くさい。幸い、洗面台の蛇口はお湯が出るタイプなのでそれでやろうと思う。

 

 なお、一番の治療法がある。それは原因であると推測されるものを止めること。それができたら苦労しないんだよ!! 

 ちなみに「めぐる」と「おける」だが、小説ならめぐるを使い、論文ならおけるを使うと良い、と誰かに聞いたのだが本当だろうか? どうでもよくないか……。ということでしばらくホットタオル療法を試してみたい。長期戦にはしたくない。眼の奥が痛い。

 

 

2016 阪神ジャンプステークス(J・GIII)予想 土曜阪神8R (4回阪神3日目、障害3歳上オープン)

 障害重賞だけ熱心にやって予想をさらすというニッチな方向へ走り出してしまった。まあいいでしょう、こういう競馬ブログも。

 今回の阪神JSの場合、アップトゥデイトの取捨によってくる。何で出てきたんだか、賞金は足りているだろうに。前走があまりにイメージ悪かったか、あるいは動きが悪すぎてもう一度叩いておきたいのか。とは言え、有力馬ながらケチがついた馬なので今回は軸ではなく相手で。やはり人気しているのでヒモにまわすとなると、できれば来てほしくないのだが地力が違いすぎることも確かなので。

 11頭だが、本来のアップトゥデイトだったらとすれば、他に前に行くのはいなくはないが楽に行けてしまうかも。ハナ切るのか番手に控えるか知らんが。展開的に行った行ったになったとしても、しかし馬券の対象は3頭なので、1頭くらいは何か差してくるだろう。
 ということで今回はニホンピロバロンから。斤量はアップトゥデイトより1kg軽い。障害レースのキャリアはほどほどだが、阪神コースのOPで勝ちがあるし、何より馬柱が綺麗。連勝中の馬なので負けるまで買ったらいい。このレースはややこしく考えようとすればするほどドツボにハマる。シンプルに、よく言われることの通りでいいだろう。
 ニホンピロバロンの場合、前に3頭4頭置いて眺めながら競馬する。中団であって、後方までは下がらない。この3番手4番手5番手、この辺の位置取りをキープできれば連に絡むはず。



◎5ニホンピロバロン
 上で書いた。後ろすぎず前すぎずで進めてもらって3着以内には居てくれ。

 

以下全部連下


2アロヒラニ
 末の脚確かで人気しすぎているが、私の信条で常に当てに行くことを考えるのでこれはいれないといけない。末脚不発に終わる可能性もなくはないから軸には不向き。


6ミヤコデラックス
 今回のまあまあ買えるはずの穴馬。昨年の当レース3着馬。と、いうか障害未勝利戦で勝ち上がったのが京都コースだがその後、馬券の対象になった3着は阪神コースしかない。ここだけ買って他場に出てきた場合は切るべきなんだろう。ということでこの馬の配当妙味に期待したい。


7リスヴェリアート
 なんというか、他の馬と見比べて特別劣るわけでも優るわけでもないが、切る理由も特に見当たらない。


8バトルボンネビル
 11頭立てだからこれは大穴扱いか、今10番人気。前走追い込んで4着なので。掲示板を外している馬がいて、比べるなら4着で着差0.6秒のこっちでいいだろう。無欲に最後突っ込んでくればハッピー。


9ゴールデンヒーロー
 好調だった頃はまあまあで、一応、前走は重賞で5着。広めに網を放るなら入ってくるだろう。これも後方からだが、行けそうだったら行く馬。前行った方が案外残るかもしれない。


11アップトゥデイト
 言わずもがな。大外だから前走と違って行く気が馬にあるなら外から先団にとりつける。もしもまた、なぜかテンで出て行けず後ろになってしまったら厳しいことになる。今回はヒモにまわしたのでその展開は望む所だがさてどうでしょう。本当にここでも馬にやる気がないようだと不調のスパイラルに入ってしまったと見るべきなような。だからこそじっくり見ていたいな、と。暮れの大勝負のためにも。

 

買い目
3連複1頭軸6頭流し15点
5-2,6,7,8,9,11

GOOD LUCK!

2016 「あかりの湖畔」青山七恵 読書中のメモ

 メモっつったってそこまで何か凄いものがある小説なのかというとそうでもないんだけど、なんかな、政治的な記事をいつまでもトップに置いておくのは趣味じゃない。

 で、主人公は灯子という。26歳。山の上の湖畔にある老舗の食堂(昔は民宿も兼ねた)で実質的な女将をやっている。女将つっても、強気そうなわけではなくて、なよなよしている。

 で、これが結構な長篇で、文庫で370Pくらいある。今は2/3まで読んだ、今日か明日には読み終えるかと。

 で、今私が予想しているものだと、この灯子が山を降りて男の子と付き合っていくんじゃないかなと思っていたのだけど違う結末になるのかな。

 駅で山を降ると温泉街があり、友人に清もいる。

 で、さらりと2,3回言及があるが、この湖畔をめぐる山の上は天上、天国のようだ、みたいな事をわざとらしく言う。ここからハハンと予想して、トポス……と捉えるのはやりすぎかな。つまりこの湖畔の周りは死人の国というか生気の通ってない場所って感じではないか。ここもわざとらしく、アイスティーに入れるレモンを切らしてしまって、レモンをもらいに愛煙家の老婆に会いに行ってただでレモンもらってくるんだけど、なぜ老婆だったのか? ということだ。レモンくれてやる役回りしかないならただのおばさんでいいじゃないか、なぜ老婆なのだ? しかも携帯電話の電波が届かないと来たものだ。

 

 現に三姉妹だが妹二人は山を降りるという。父も、もう食堂の仕事はしないで山を降りて観光案内所の勤め人になっている。日がな一日、そして近い将来においても、湖畔の周り、山の上を降りる予定がない、というのが長女の灯子だ。

 温泉街を含む、山を少し降りてしまえば生者の国、やかましいほどに人々は元気だ。美しい湖を前にしながら無気力な灯子とは大違いに。で、これも何で湖なのか、と思ったのだ。山だからでしょ、と言ってしまえばそれだけだが〈停滞〉のメタファーではないかなと思えてしまう。河だったら流れていくでしょう? 山には河もあるものだ。

 

 まあしかしわからないね。こんな風に簡単に分析させてくれるか知らんし、きっと今私が読んでいる辺りから予想してない方へ動き出すのかな。

 文庫のウラには家族の嘘だか隠し事だとかなんとか、どうもそっちにフォーカス持っていくらしいから、今まで私が適当に書いた考察は全く当たらないのかも。でも文章が魅力的だからあてが外れても良いとは思っている。

2016 「関東軍」講談社学術文庫 読書中のメモ

 恐らくは完璧に近い資料数を読みこなし、使い込んで書かれた綿密な歴史書にして、著者の方が文芸的感覚を持っているのか、単に史実を追うのではなく、なかなかドラマチックに作ってある。

 ただやはり歴史書になると、時の政権や軍部の階級とか、まあ色々あるわけで読みやすいとは決して言えない。今やっと半分は読んで満州事変の真っ最中。

 読みやすいわけではない、と言ったのは特に、まあ、関東軍の設立前夜というか前日譚というか、そういう所がしょっぱなに来るので、ここらへんははっきり言ってつまらないと言っていいかな。しかしながらこの前提あってこその、その後の関東軍の面白さに繋がるわけで、もし他に読む人がいたら最初の方でやめないで読み進めて欲しい。

 徐々に関東軍の性格が出てき始め、石原莞爾などが出てくるとこれがもう面白いのなんのって。なんかルパン三世読んでいるみたいな、スパイ映画見ているような、そんな陰謀策謀やりまくりで、特に私が今差し掛かっている所が満州事変だもんだから、これはすげえなって感じ。

 

 で、きっと読書メーターに感想書く時に書かずにおくだろう事かも知れないからここに忘れないように書いておくと、特に特に若い世代ほど日本の近現代史を知らない。中学高校の歴史の教師がだいたい大正時代辺りで切り上げてしまうからだ。

 恐らくはそこに、教師として政治的中立を保てない、どちらか(戦争批判あるいは戦争賛美)に転がる可能性大なので、まあ教師だって人間で公務員でサラリーもらって食っている日本人だから、そんな馘首されるかもしれないリスクは負いたくないのだろう。

 近々、文科省が新たに科目数を増やし、日本の近現代史を専門に教える科目を作ったらしいのだが、つまるところ文科省が動くくらいのレベルで、日本国民は学校においてボロ負けした総力戦の戦争に、歴史としての事実に触れずに終えてしまうわけだ。

 イデオロギー的に右でも左でもどっちをとるにしたって好きにすればいいと思うが、まず、根底にある知識数は最低限度持っていないと、正当な判断ができるはずがない。

 実際、NHKの特別大河?? で、司馬遼太郎の「坂の上の雲」をやった。あれは日清日露戦争までしかやってない。そんでもって、これ大好評だったでしょう。私も凄く楽しかったし。でもね、忘れちゃいけないのは、規模は違うし民間人もほぼ入ってこないとはいえ、日清も日露も戦争なので兵隊はいっぱい死んでいるのよ。さきの太平洋戦争だけで判断してはいけない。良くも悪くも。

 違いは、勝ち戦か負け戦か、というだけ。そして203高地をとるために無謀な突撃繰り返したりとか色々あったけど、勝ったから美談になってしまっているきらいがある。

 維新が起こった時の言葉を思い出せば勝てば官軍負ければ賊軍ってやつで、賊扱いされてボロ負けした戦争なんてトラウマだし、もうしない、と思う気持ちもわかるけど。じゃあもし武力紛争が起きたとして、それが勝ち戦に終わったらどうだろう? みたいな事も考えてほしいなとは思う。

 あれでしょ、これ以上やるとメンドーな人達が来るでしょ。

 撤収!!

 

 明日は意味のわからん紫苑SGIII)があるけどさすがにやらない。なんで重賞にするかねって思ったわ。プリンシパルSもその内GIIIになるかもね。いやーしかし、ついに中山阪神開幕か。本当に夏って終わっちゃったんだね。暦上は。

2016 なんで小説を書くのだろうか (雑感)

 なんで小説を書くのだろうか、と今日、いや応募作を郵便局に持って行った帰り道(09/06)でも少し考えた。

 こういう文章を書く場合は時系列的というか昔はこうで、今はこうなのよ、みたいに話を進めたほうが良いだろう。その方が私にとっても都合が良い。

 

 高校生の頃から文芸的な事はしていた。口語自由詩をネットに書いていて、今はなき雑誌「詩学」や、今もある「現代詩手帖」なるものを知ってからはそこへ投稿する事を目的に詩作していた。現代詩手帖の方では、2度、評がついた事がある。よくありがちなこっ恥ずかしい青春時代の一コマではなくて、まあまあの実力は示したという感じか。ま、本当に才能があったなら現代詩手帖賞って言うんだっけかな、そんな感じで詩人デビューするわけだが。

 時は流れて大学に入学し、すぐにイカれて統合失調症を発症して休学している時に始めたのが小説の創作である。これまたネットだ。そこへ投稿し始めた。最初は原稿用紙換算で言えば10枚書くのに必死であったが、これが楽しかったのである。書いている事も楽しかったし、投稿して誰か一人でも感想をくれればそれだけでも嬉しかったし、楽しかった。若干、自己治療的な感じで書いていた面もある。その内、感想がたくさんつくものと、それほどつかないもの、が見分けられてきた。何がウケるのかわかりはじめた、という感じ。

 大学に復学して東京での一人暮らしに戻った時には、なんとか100枚の文量を、今見返すとヘタクソだなあと思うが書けるようになっていた。文學界新人賞へ送る。当然、選考通過などせぬ。でも、この頃もまだ、書く事は楽しい事の範疇であった。100枚前後というのが当時の文學界新人賞の規定であったからだいたい80~120枚で送れという感じの中篇だ。

 今思えば「こういう条件で小説を書け」という注文がついた初の事だったわけだ。だから70枚くらいで終わってしまいそうになった時は苦しく思った。

 しかしながら書いている時も楽しかったし、書き上げた直後はすごく嬉しかった。誰にも評価されなかったし、賞からは完全にスルーされていたわけだが楽しかったのだ。

 この辺りから本を読む数が凄まじくなっていく。だいたい大学より書籍か競馬しか頭にないような日々を送った。今もそうだけどね。

 いわゆる文豪たちのものは全集買って読破して、現代文学は文庫落ちまで待つ、というスタイル。

 

 ちょっと脱線するが、戦前の日本文学では、好き嫌いで言えば答えは変わってくるものの、今の創作態度に影響してくるのは、芥川龍之介谷崎潤一郎、この二人である。芥川の場合、今昔、宇治拾遺等々から翻案する一つのスタイルがあった。これは奇跡的な事なのだ。なぜかといって、今、リアリズムを徹底したってよほど書いている題材がぶっ飛んでいない限り誰も相手にしない。チラシの裏にでも書いとけと言われる。そんな中、芥川は古典の方から引っ張ってくるわけで、古典の物語集などは、現実上ありえないことが起こっている。まあ、パッと思いついたから初期の「鼻」なんてものも、ゴーゴリは措いておくとして、あんな風に鼻だけ巨大になるなんてあるわけがないわけだが、それを書いてしまう。ユーモアとグロテスクである。非現実を幸か不幸か書いていたから芥川は、賞の名前だけではなく、今でも読めるものとして売れているわけだ。そして我々にも刺激を与える。要は日本版のボルヘスを読んでいるようなものだから。

 逆を言えば、芥川の晩期のものは読んでもしようがないものがある。蜃気楼とか海のほとりとかさ、あのへん。あと裁判所だったかどっかで兄貴をただ待っている小説もあって、全集を引っ張り出せばすぐ題名わかるけど、まあええわ。他に夏目漱石の墓参りに行こうとしたら、墓が墓場の何処にあるんだっけか、みたいになって不機嫌になる小説とかね。とにかく、非現実的なものじゃなくて、もっとリアリズムで無感動なくらいのものを書かなきゃイカンでしょ、と谷崎と紙面上で大喧嘩したものがそうで、文芸的な余りに文芸的な、というヤツだが。なんでそういう考え方に、芥川はなったのかというと、これ面倒くさいんだが、一つの側面としてプロレタリア文学がガチで流行ったというのがある。あいつらに負けないような何かを、って考えた時にこの志賀直哉風なものを思いついたみたいな。ごめん、ちゃんとした研究本にあたってちょ。

 ええっとね、確かこの手のものは一冊の書籍にまとめられていて、日本文学論争集だっけかな? ちょっと正しい書籍名を忘れているが、文学的な事柄の論争というのが昔からいっぱいあるのだ。これもまた忘れているのだが、誰が言ったんだっけ、評論家いらねえわ死ねって言った戦前の作家がいたのね。評論家なんて我々作家の書くものに寄生している、口うるさいハエみたいなもんだし、文句言われると腹立つからいらなくね? みたいな事言った作家がおったのよ。もちろん正宗白鳥とかが「ふざけたこと抜かすなボケ、じゃあ一体誰が作品の善し悪し決めるんだよ」みたいに反論していた、確か。

 

 谷崎も、やはり現実的な事柄から離れて、いったいどういう理屈なのかわからない小説がいくつもある。例えば「蘆刈」などがそうであろう(説明するのめんどいから岩波文庫であるから読め)。じゃあ戻ろうか。

 

 インプットをしてアウトプットしていくわけだが、ここらへんで段々苦しくなってくる。他人の評価、つまり新人賞、文学賞を受賞する、あるいはできなくとも選考通過はしたい、となってきた。もうこの承認欲求に取り憑かれたら実際に作家になる以外では治療できない悪夢的状況であるから、やめられるならやめた方がいいぞ。

 そうやって、色々工夫するようになっていく。テクニックも磨けてくる。すると、書いているのが苦しくなってくる。「こんな文章じゃダメだ」とか「こんなプロットで通じるのか」みたいに思えてくる。

 それでも、書き上げた直後は解放感も手伝って嬉しかった。原稿用紙250枚くらいのものを書いて、一応最後まで書いたわけだから。その後連続してそのくらいの枚数のものを書いていくうちに、選考通過し、文芸誌に名前と題名は載るようになってきた。

 とある文学賞の佳作を受賞した。それよりもちょっと前辺りから、ただ書き上げただけでは嬉しくなくなってしまった。推敲の重要性を痛感してきたからである。つまり初稿を書き上げた段階では、まだ折り返しだぞ、という事がわかってきてしまった。

 そうして推敲に手間暇かけていくと、いったい何処まで直せばいいのか、消すべきなのか書き足すべきなのか、凄く悩むから推敲は地獄の作業である。当然、楽しくも嬉しくもない。ようやっと、これでよし、と認めた時に解放感がやってくる、というあんばいになった。

 

 だらだら書いたからまとめると、小説を書いていても楽しくない、むしろ苦しいし、推敲はめっちゃキツイ、というのが今の心境。

 じゃあ、やめちゃえばいいじゃんとごくたまに思うのだが、「書かなければ」という想いが去来する。そこに練ったプロットがあって、パソコンがあるならば、「書かなければ」という気がしてくる。無視して不貞寝しても、逃れられない。誰かにこのような状態は一体何なのか説明して欲しいくらいだ。

 総合すると、書きたい、のだ。色々言ってきたけどこの「書きたい」には沢山の条件が含まれている事はわかっていただけるであろう。産みの苦しみと、言ってしまえばそれまでだが、産んだからには大人まで育てなければならぬ。書きかけの小説に、扶養義務が生じている。

 また私も変化していくだろうし、また色々な条件が増えていくこと請け合いだが「書きたい」という心境、欲望といった方が近いか。これは死ぬまでなくならないかもしれない。

 

 では、ここで記事題名の答え合わせをしよう。

問「なんで小説を書くのだろうか」

答「書きたい」から。

 

 お粗末さまでした。

 

2016 新潟ジャンプステークス(J・GIII)予想 土曜新潟8R 14:00発走 (2回新潟9日目、障害3歳上オープン)

 今日も執筆頑張りました。原稿用紙4枚は書いたよ。

 ということで障害重賞の予想をやる。なんかブログの題名である競馬をおろそかにしている感があったし、やろう。

 

 さてさて。昨年度(2015年)の最優秀障害馬の栄誉を受けた、中山GJ、中山大障害を制したアップトゥデイトとその周辺をどう拾うか、というレースになる。

 このアップトゥデイト、新潟の障害コースに出走歴はないが、昨年の大障害を前に小倉の障害重賞で快勝して、大一番へと向かった。今回もそんなもんだろう。まあ、障害コースの芝の云々は正直読めんのだし、展開を考えよう。

 アップトゥデイトはハナに行ってもいいかもしれないが、屋根の方から、というかテキの方から指示降りていると思うが、テンの時にやや抑え気味ながら行かせる素振りを見せつつ、コーナーに差し掛かったら絶好の2番手競馬になっている、というのが勝利パターンだ。それを再現したいだろうから今回もそれを実施するだろう。

 つまり先行勢、逃げに近いような前に行く馬は餌食になりそう。

 というのも、シマイの方でこの馬が勝ちに行くわけでまくり加減に先頭へ踊り出て、やってくるわけだから、追走に精一杯だった馬たちが脱落しはじめる。差は開くね。

 私もアタマや馬券の軸としてアップトゥデイトは否定しない。

 

 問題は連下含む、2着馬3着馬だな。

 恐らくは勝つ気はないが金はしっかりもらいたい、という馬が激走して単勝はガッチガチで、他の馬券種が荒れるパターンだと見ている。穏便に済んでしまったらそれはそれ、まあいいじゃないか。回収することが大事だ。

 ということで、障害レースって基本的に先行した方が有利なのね。障害の飛越を無視すれば長距離レースになるわけだから。まあ障害を無視しちゃいけないか。やたら飛越させたり、上り下り……はあったっけ、新潟の障害。とにかく持久力を試されるタフネスなキツイレースが障害戦。バテて当たり前みたいな感じになる。グリグリの本命馬が抜けて強いのは出走馬各陣営、十分に承知しているので、どこで息を入れたり、あるいは位置取りさげて脚貯めて、貯めるにしてもどのくらい貯めるか、それが弾けてくれるか、みたいなレースになる。

 ここでアップトゥデイトが直線に入って追走組を難なく振り切ると、先行勢はバテてしまって脚上がる。そこへ金欲しさの馬たちが後方から抜群のシマイの末脚使ってくるわけだ。そういうシミュレーションの結果、買い目はこうでええんやないか。

 


◎7アップトゥデイト
 順調にここを消化し、暮れの大一番へ羽ばたいてほしい。別に負けてもいいが3着には居てくれ。

(以下、フォーメーションとか組まない人間なので印の強弱は特に気にしなくていいよ)

◯13ウインヤード
 鞍上の大江原がやっとクセを掴んできたかな。近2走で連続2着と好結果。うち、前走は東京JS(JGIII)。やや後方か中団で進めてシマイにかけていくスタイルが身についてきた。前走は上がり1位。
▲14エイシンホワイティ
 平地の頃から重賞で結果を出してきた馬。馬齢は気にする必要ないし、休み明けもさほど問題にはならない。ただし勝ちに行く競馬をしたがるなら着外だろう。拾う意識で全然問題ない。昨年の当レース3着馬。
△2アロヒラニ
 血統表を見るとスーパー良血なんだが障害に来ちゃったか。ただ新興勢力としては魅力的。障害未勝利も障害OPも勝ってやってきた、その障害OPは新潟コース。初挑戦の東京JSでは5着だが負けすぎてはいない。この馬も後方。抑えて損はないと思う。
△11ゴールデンヒーロー
 前走で東京の障害OPを叩きでありながら2着してここへ。特別レース経験は豊富だが意外にも障害重賞は初挑戦。おまけに前にも行ける馬だ、前走がそういう位置取りだった。願わくは5番手か6番手だが、アップトゥデイトについていく形で2着確保があってもおかしくない。
△8タナトス
 その昔の3歳の時は、若干クラシック路線で話題になった馬だが今は障害へ転向。平地のスピードは保証付き。前走は東京JSで3着。後方からの馬だ。気になる点は障害重賞の2着、3着がどちらも東京JSのものだということ。ただ去年の障害OPを新潟コースで勝っているのでまあ、新潟の苦手意識は特にないんじゃなかな。前走こそこの馬にしては前である5番手で通過していったが、アホかっていうくらい後ろにいたっていい、本来はそういう馬だ。
△12ティアリンパープル
 これがこのレースの穴かな。近走は確かに振るわないのだが、障害の第一線で駆けてきた結果である。JGIIIなら見劣りはしないのではないか。去年と同じ、とは言えないが昨年の当レース勝ち馬である。これも中団から後方。3着あたりをめがけて突っ込んできておかしくない。

 

買い目
3連複1頭軸流し15点
7-2,8,11,12,13,14 15点 

GOOD LUCK!